第61回 大学・大学入試情報コラム

芥川賞、直木賞発表。大学はOBOG作家の活躍でおおいに盛り上がる。 

2023年7月
教育ジャーナリスト 小林哲夫

 2023年上半期芥川賞、直木賞の受賞者が決まった。
 受賞者の出身者大学は芥川賞=早稲田大、直木賞=筑波大、慶應義塾大となっている。これら3大学は出身者の快挙にとても喜んでいる。
 まずは早稲田大である。
「第169回の芥川賞は、早稲田大学人間科学部通信教育課程を本年3月に卒業された市川沙央さんが、『ハンチバック』により受賞されました。誠におめでとうございます。市川さんは、筋疾患先天性ミオパチーという重い障がいがあり、車椅子と人工呼吸器をお使いになるというハンディを乗り越えて、見事に芥川賞を受賞されました。本年3月の卒業式では、卒業論文「障害者表象と現実社会の相互影響について」により、小野梓記念学術賞に選ばれています。この賞は、本学で学生が受ける最も栄誉ある賞です。こうしたアカデミックな卒業論文を書き上げられた同じ年に、芥川賞を受賞されたことは、輝かしい快挙です。同時に、ダイバーシティとインクルージョンの大切さを体現されたことに、心から敬意を表します。市川さんのご努力は、早稲田大学の誇りです。2023年7月20日 早稲田大学総長 田中愛治」(早稲田大ウェブサイト)。
 早稲田大はこれまで多くの作家を世に送り出してきた。芥川賞作家は33人、直木賞作家は37人と断トツである(1925~2023年上半期)。

 1990年代以降、早稲田大から芥川賞作家として辺見庸、多和田葉子、保坂和志、綿矢りさ、磯崎憲一郎さん、滝口悠生などを生み出した。
 直木賞受賞者には高橋克彦、乃南アサ、小川洋子、重松清、角田光代、船戸与一、三浦しをん、恩田陸、朝井リョウなどがいる。
 朝井リョウは、早稲田大を選らんだ理由についてこう話す。「堀江先生の授業を受けたいと思って志望したんです」(日本私立大学連盟「大学時報」13年7月号)。「堀江先生」とは、芥川賞作家の堀江敏幸をさしている。堀江は早稲田の学生時代、文学を講じていた平岡篤頼教授のもとで学んだ。平岡の教え子には前出の小川、重松、角田などの人気作家がいる。
 作家になりたいから早稲田大へ進む。早稲田大に入れば作家になれる。そんな神話は、大学選びの文学少年、文学少女のあいだで浸透していたのだろう。
 多和田葉子は18年に『献灯使』で全米図書賞翻訳部門を受賞した。
 早稲田大広報誌で後輩にこう語りかけている。「文学は重要だからで読むものではなく、読まなければ生き延びられないから、読むもの。視点を変え、視野を広げることで、悩みから解放され呼吸ができるようになる。それは文学ならではの体験だと思います」(『CAMPUS NOW』No.241 2021年10月)。
 多和田は昨今、ノーベル文学賞候補になっていると報じられた。ノーベル賞候補といえば、早稲田出身の超大物作家がいることを忘れてはならない。村上春樹だ。世界中にハルキファンがおり、ノーベル賞受賞を待っている。

 しかし、ここ数年、早稲田大はやや低調だった。2010年以降、早稲田大出身の芥川賞受賞は4人(全体で35人)、直木賞は3人(全体で31人)にとどまっている。
 22年(上半期+下半期)の芥川賞、直木賞受賞者の出身校は立命館大、東北学院大、関西学院大、東京大だった。
 これは、早稲田大に文学青年が入学しなかったから、というより、多くの大学に文学的な才能の持った若手が活躍したから、といっていい。
 それゆえ、早稲田大は今回、芥川賞作家・市川沙央の誕生は、よほど嬉しかったのだろう。これまで、早稲田大出身の作家が芥川賞、直木賞をとったとき、総長自ら「お祝いの言葉」を発信することはほとんどなかったからだ。「早稲田大学の誇り」は最大級のほめ言葉である。

 話を芥川賞、直木賞2023年上半期の受賞者に戻そう。
 慶應義塾大から直木賞が生まれた。
「7月19日(水)第169回直木賞が発表され、塾員(文学部卒)の永井紗耶子君の「木挽町のあだ討ち」が選ばれました。永井君の同作品は今年5月の第36回山本周五郎賞も受賞しています」(慶應義塾大ウェブサイト)。
 祝辞はない、塾長名義でもない。単なる告知であり、妙にあっさりしている。
 慶應義塾大出身では芥川賞9人、直木賞15人いる。芥川賞の荻野アンナ、玄侑宗久、朝吹真理子。遠野遥など。直木賞のつかこうへい、村松友視、景山民夫、大沢在昌、池井戸潤、金城一紀がいる。
 2020年、遠野遥が芥川賞を受賞したとき、「三田評論」でこう話している。
「文学部の授業を取っていて、そこに武藤浩史先生と佐藤元状先生が一緒にやっている授業があったんです。そこで朝吹真理子さんの小説を読んで感想を書いたり、先生方のお考えを聞かせてもらったり、確か小説の一場面を演じる機会もあったと思います。文学や小説に対する関心は、その日吉での授業の影響で高まったところがあります。村上春樹の小説が取り上げられた時もあり、それも記憶に残っています。それまであまり純文学と呼ばれている作品を読んでこなかったので、そこで初めてそういった作品をちゃんと読みました。今思うと、後の執筆につながる1つのきっかけだったような気がします」(「三田評論オンライン2020年12月21日)
 大学の授業から作家が生まれたわけだ。文学教室の感があり、じつに興味深い。
 最後は筑波大だ。
「 7月19日に開かれた第169回直木賞(日本文学振興会主催)の選考会において、筑波大学出身の垣根 涼介さんによる小説「極楽征夷大将軍」が、受賞作に選ばれました。垣根氏は、1989年に本学の第二学群人間学類を卒業されています。おめでとうございます!」(筑波大ウェブサイト)
 こちらはしっかりお祝いの言葉が綴られていた。

 もちろん、早慶ばかりではない。
 明治大では芥川賞の唐十郎、羽田圭介、直木賞の山田詠美、天童荒太など。ほかに中沢けい、落合恵子、作詞家の阿木燿子などが文壇で活躍している。
 法政大の芥川賞作家、藤沢周、吉田修一は骨太な小説を発表している。
 成蹊大は直木賞の小池真理子、桐野夏生、石田衣良、井上荒野を送り出した。
 青山学院大は、直木賞のねじめ正一、姫野カオルコがいる。ほかに、あさのあつこ、松浦理英子、詩人の伊藤比呂美、コラムニストの山田美保子などがいる。あさのは児童文学分野で活躍し小説『バッテリー』は累計で1000万部を超えた。
 立教大には直木賞の伊集院静、なかにし礼、村山由佳、島本理生がいる。ほかには『鹿の王』で本屋大賞を取った上橋菜穂子、『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞を受賞したエッセイストの酒井順子、そして、新井素子、柚木麻子なども輩出した。
 国際基督教大は芥川賞の奥泉光、直木賞の高村薫がいる。
 玉川大では芥川賞の村田沙耶香、直木賞の道尾秀介がいる。
 中央大には直木賞の逢坂剛、志茂田景樹、木内昇がいる。ほかに、少女向けライト小説の第一人者、田中雅美がいる。
 神奈川大には芥川賞の砂川文次、直木賞の山本文緒がいる。砂川は学生生活をこうふり返っている。
「正直未だに実感がないというのが本音です。学生時代は真面目に取り組んでおり、サークル・ゼミには所属していませんでしたが、勉強と読書が中心な学生生活でした。落ち着ける場所が図書館だったので、よくハードカバーや文庫を読んでいました」(同校ウェブサイト22年3月3日)。同校出身者には、00年下半期にいる。
 大学にとってはキャンパスの良いPRになる。これほどありがたいことはない。

 関西の大学はどうだろうか。
 立命館大には芥川賞の笙野頼子、直木賞の千早茜などがいる。
 千早は22年下半期の受賞をしている。彼女の指導教員である同校文学部、上田高弘教授は、祝いのことばをこう述べている。「あなたの卒業論文がすでに、ある外国小説が描きだす人間の〈生/性〉のありように透徹した眼を向け、それ自体が一編の物語を胚胎していたことにも思い至りました。その再認の日、驚きは確信そしてさらなる予感へと変わり、だから今回の受賞にも、ぼくは少しも驚かないのです」(同校ウェブサイト)。
 京都大は芥川賞の平野啓一郎、同志社大には直木賞の門井慶喜、芥川賞の藤野可織がいる。
 大阪府立大(現、大阪公立大)では芥川賞の米谷ふみ子と柴崎友香、直木賞の東野圭吾がいる。関西大からは直木賞の西加奈子、今村翔吾が出ている。
九州、沖縄はどうだろうか。九州大は直木賞の原りょう、西南学院大では直木賞の東山彰良と葉室麟が生まれている。そして、琉球大の芥川賞作家、目取真俊は政府の米軍基地政策について厳しく批判しており、抗議活動で逮捕されたことがある。
 地方国立大学を見てみよう。
 芥川賞では秋田大の南木佳士、東北大の円城塔、福島大の中村文則、埼玉大の池澤夏樹、千葉大の藤野千夜、広島大の小山田浩子、長崎大の青来有一など。
 直木賞では北海道大の佐藤正午、東北大の佐藤賢一、山形大の星川清司、千葉大の辻村深月、金沢大の米澤穂信、熊本大の光岡明などがいる。

 では、いま、大学にとって史上最強のOBOG作家は誰だろうか。
 私見によれば、日本大出身の林真理子であろう(1986年直木賞作家の受賞)。
 日本大は昨今、アメフトの危険タックル、理事長の不正経理などの問題で大きなダメージを受けた。大規模大学ゆえ、不祥事が続いたところで大学経営を案じる声は聞かないが、少子化が進むなか、受験生から選ばれる大学を作らなければならない。
 日本大を立て直し、大学のイメージを高め少しでもブランド力を上げるために、大学は芸術学部出身の林真理子に白羽の矢を立てたわけだ。
 日本大の再建のために、林は文学者としてのしなやかな感性をどう発揮させるか。その手腕を期待したい。
 <敬称略>

教育ジャーナリスト 小林哲夫:1960年神奈川県生まれ。教育ジャーナリスト、編集者。朝日新聞出版「大学ランキング」編集者(1994年~)
通信社出版局の契約社員を経て、1985年からフリーランスの記者、編集者。著書に『女子学生はどう闘ってきたのか』(サイゾー2020年)・『学校制服とは何か』(朝日新聞出版2020年)・『大学とオリンピック』(中央公論新社2020年)・『最新学校マップ』(河出書房新社2013年)・『高校紛争1969-1970 「闘争」の証言と歴史』(中公新書2012年)・『東大合格高校盛衰史』(光文社新書2009年)・『飛び入学』(日本経済新聞出版1999年)など。

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