第56回 大学・大学入試情報コラム

外資系コンサルへの「頭脳流出」に日本社会は危機感を持つべき

2023年5月
教育ジャーナリスト 小林哲夫

 外資系コンサル。
 東京大や早慶など難関大学に通う学生が、将来を考える上でおおいに惹かれる言葉である。
 わかりやすくいえば欧米先進国に本社を構えるコンサルティング会社のことだ。
 企業経営をあらゆる面で支援することを業務として短期間での増収増益や合理化による経費削減などの成果が出れば、それに見合った報酬を受けとる。業務内容の規模が大きいほど、見返りはばく大なものになる。
 外資系コンサルでもっとも有名なのが、アメリカのマッキンゼー・アンド・カンパニーだ。同社では世界中で大企業のコンサルティングを多く手がけ、成果を修めてきた。それによってマッキンゼーはばく大な利益をもたらせ、同社のコンサルタントたちは他業種と比べものにならないほどの高給を手にしている。

 1000万円プレーヤー。
 こんな言葉もコンサルティング会社をめざす学生で語られるようになった。日本の伝統的な企業と違って、入社後、数年で企業再建のため大きなプロジェクトを担当する。そこで大きな成果を出せば能力が評価され、年功序列に関係なく一部上場企業社員よりも高い報酬が保証される―――そんな話が学生のあいだに浸透している。
 仕事を順調にこなせば、20代で年収1000万円も夢ではない、というサクセスストーリーだ。

 ロールモデル。
 これはコンサルでよく使われるビジネス用語だ。これまで成功した事例をさしている。マッキンゼーで働いていた日本人ロールモデルは、たしかにすごい(カッコ内は出身大学)。
 大前研一さん/マッキンゼー元日本支社長(早稲田大)
 南場智子さん/ディー・エヌ・エー創業者・会長(津田塾大、ハーバード大MBA)
 朝倉祐介さん/元・mixi社長(東京大)
 岩田林平さん/クックパッド代表執行役(慶應義塾大、ノースウェスタン大学MBA)
 川本裕子さん/人事院総裁(東京大)
 安達保さん/前・ベネッセ社長(東京大、マサチューセッツ工科大MBA)
 大石佳能子/メディヴァ社長(大阪大、ハーバード大MBA)
 茂木敏充さん/衆議院議員、前外務大臣((東京大、ハーバードMBA)
 <MBA=大学院経営学修士号>

 東京大→ハーバード大MBA→マッキンゼー→起業が、エリートコースとして神話化されつつある。有名なビジネススクールがセットでくっついてくるところが、いま風だ。
 IT関連、ウェルスナビはネットによる資産運用サービス業を行っている。同社の創業者、CEO、柴山和久さんは東京大から財務省に進んだが、10年足らずで退職しマッキンゼーに転職した。やがて、会社を作る。外資系コンサルは、財務省よりもブランド力があるということか。

 こうしたロールモデルは後輩たちに大きな刺激を与え、それが就職先にしっかり反映されている。上位企業をみてみよう(2022年採用)。

◆東京大   マッキンゼー・アンド・カンパニー23人(2位)、PwCコンサルティング16人(4位)、アクセンチュア9人(14位)、EYストラテジー・アンド・コンサルティング8人、アビームコンサルティング8人(17位)
◆早稲田大アクセンチュア57人(5位)、PwCコンサルティング50人(6位)、ベイカレント・コンサルティング44人(9位)
◆慶應義塾大    アクセンチュア88人(2位)、PwCコンサルティング83人(3位)、ベイカレント・コンサルティング47人(10位)、アビームコンサルティング37人(18位)、EYストラテジー・アンド・コンサルティング35人(20位)
<東京大は東京大学新聞、早慶は大学ウェブサイト。慶應義塾大は大学院修了を含む>

 これら3大学いずれも10年前ならば、考えられなかった就職実績である。
 アクセンチュアはどのような人材を求めているのか。
 同社は職種別採用を行っており、「ビジネスコンサルタント」「デジタルコンサルタント」「ソリューション・エンジニア」「クリエイティブ」「AIアーキテクト」「デザイン」などに分かれている。
 早稲田大出身で12年に同社に入社、現在、人事採用担当を行っているFさんによれば、学生には2パターンあるという。1つは学生時代に培ってきた専門分野を生かせる人で「データサイエンティスト」「AIアーキテクト」など職種に多く見られる。もう1つは専門性を持たず、率直にご自身の興味、または今後の可能性を考えて職種を選ぶ人だ。将来、起業したいから入社する人も少なくないようだ。アクセンチュアを自分がやりたいことをかなえるためのプラットホームだと思って活用してくださいと、会社は伝えているという。Fさんはこう話す。
 「アクセンチュアに合う方には長く働いてほしいとは思いますが、何か成し遂げたいことがあったり、こういう自分になりたい、こういう仕事をしたい、という思いを尊重する文化が根底にあります。ですので、一生を会社にささげる必要は全くなく、「ポジティブな卒業」という選択も受け入れられているイメージですね」(「早稲田ウィークリー」22年12月5日)。

 20代で1000万円プレーヤーという話は間違ってはいない。
 しかし、かなり厳しい競争社会である。成果が出せなければ、日本的終身雇用は通用せず、追い出されてしまう。1000万円どころではない。
 芸人の石井てる美さんは東京大、マッキンゼーのコースを歩んだ、しかし、あまりのハードワークに辞めてしまう。食事が全くのどを通らなくなるほど、精神的に追いつめられたそうだ。自著で「42.195kmのマラソンを100m走の速さで走るような」多忙な日々と記しており、こうふり返っている。
 「入社2年目の4月には、本当に追い込まれていて、出社する途中で「車がひいてくれたらいいのに」と思ったほどです。しばらくして、辛かったプロジェクトから解放されて、少し冷静に考えられるようになったとき、こう思ったんですよね。「生きるために仕事をしているのであって、仕事のために生きているわけじゃない。そもそも私の人生なのに、なにやりたいこともやらずに死にたくなっているんだろう、バカじゃないの」と(ウェブサイト「外資就活」2018年7月19日)。
 仕事との相性もあるだろう。終身雇用、年功序列の日本型人事システムではない外資系ならではの実力主義である。

 それでも、いや、こうした実力主義だからこそ、優秀と言われるが学生は外資系コンサルには熱い視線が送られており、東京大からマッキンゼーへ23人も就職したことは、象徴的なできごとである。
 20代のうちは、中央官庁、大企業で活躍することができない。それに比べて外資系企業ならば、入社早々、大きなプロジェクトをまかせられる。「マラソンを100m走の速さ」で走ることになっても、そこに仕事のやりがい、生きがいを感じる。待遇も良い。そう考えて、財務省、経産省、銀行、商社よりも外資系コンサルを選ぶという学生が増えている。

 日本の大学は、長い間、政官財そして学問の世界に優れた人材を送り続けてきた。それがぐらついているように思える。
 外資系コンサルという黒船がやってきて、優秀な人材をかっさらっていく。頭脳流出であろう。
 競争の原理が働いて、日本の企業、省庁、自治体、アカデミズムの世界が、人材受け入れ面で外資系に出し抜かれるのではないか。
 ただでさえ少子化で若年層が減り続けている。
 日本社会全体は人材採用面、人材育成面で危機感、緊張感を持ったほうがいい。もちろん、「マラソンを100m走の速さ」で走らせるブラック企業を志向してダメなのは、言うまでもない。

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