第57回 大学・大学入試情報コラム

法学部離れが進んでいる。日本社会にとってゆゆしき問題だ。

2023年5月
教育ジャーナリスト 小林哲夫

 法学部の人気がなくなっている。
 2023年入試、おもな私立大学法学部において、一般選抜の志願者数は次のような増減を示している。いずれも前年比だ。
 青山学院大法学部 -725人
 慶應義塾大法学部 -39人
 中央大法学部 +402人
 明治大法学部 - 412人
 立教大法学部 -2598人
 早稲田大法学部 -332人

 中央大がプラスになったのは、今年からキャンパスが多摩から都心(文京区茗荷谷)へ移転したことで、千葉、埼玉、神奈川の受験生が受けやすくなり注目を集めたからだろう。立教大はかなり深刻だ。

 東京大法学部に対する人気もふるわない。
 東京大は入学時、学部ではなく科類で募集している。これまで長い間、法学部に進学するコースの文科一類は、文科二類(おもに経済学部進学コース)、文科三類(おもに文、教育学部進学コース)より、合格最低点で10~20点高かった。つまり、東京大法学部は文系でもっとも難しかったのである。
 ところが、昨今、異変が起きた。合格最低点をみると、2019年、文科二類が文科一類を初めて上回った。2020年には文科一類が逆転したが、 2021年、22年は文科二類に加えて文科三類まで文科一類を上回ってしまう。いうなれば、この2年間、東京大では法学部よりも経済、文、教育学部のほうが難易度は高かったわけだ。
 2023年、文科一類は二類、三類を上回った。だが、かなりの僅差であり、来年以降、いつひっくり返されるかわからない状況だ。法学部の志願者が減る、難易度が下がる。これは、人気がなくなっている証拠であり、「東大文一」「東大法」のブランド力は過去のものになりつつある。

 なぜ、法学部の人気がなくなったのだろうか。卒業後の進路と因果関係がありそうだ。 法学部出身者は法学教育がメインとなっている性格上、法曹、国家公務員が多い。両者の志願状況から、法学部志望と因果関係を見出すことができる。
 まず法曹である。弁護士、検事、判事の仕事に就くためには、一般的には法科大学院に通って司法試験に合格しなければならない。ところが、法科大学院入学志願者は4万1756人(2006年)→2万414人(10年)→1万1450人(14年)→8058人(18年)→1万633人(22年)となっている、 2014~21年はじっと1万人台を切っており、低調といえる。
 この数字は司法試験者受験数にも当然、はね返ってくる。8015人(2014年)→5238人(18年)→3082人(22年)と右肩下がりを続けた。法科大学院通学に時間とお金がかかるから、避けられたと言う見方もある。
 司法試験予備試験という制度がある。この試験に合格すれば、法科大学院を経ないで司法試験を受けられるので、学力に自信がある人が挑んでいる。その数がそれほど多くはないので、法曹志望者全体が増えていない。
 このように司法試験受験者数が少なくなるのは、日本の社会にとってかなりまずい状況になりはしないか。将来、弱い立場の人たちの守ってくれる弁護士が足りなくなってしまう。こう考えると、暗たんたる思いを抱いてしまう。

 そして、国家公務員である。
 国家公務員総合職、いわゆるキャリアになるための採用試験の申込者数(院卒者試験と大卒程度試験の合計)も減少しており、2万5110人(2012年)→1万8295人(22年)になった。10年で4割近く少なくなっている。なかでも東京大の落ち込みは顕著だ。459人(2014年)→433人(16年)→329人(18年)→249人(20年)→102人(22年)となっている。
 そもそも東京大はその前身である東京帝国大学時代において、官僚養成色を強く打ち出してきた。教育目標で「帝国大学ハ国家ノ須要ニ応スル学術技芸ヲ教授・・・」(帝国大学令)とうたっている。「須要」とは、「なくてはならないこと」である。つまり、東京大の役割は、国家に必要なことに応えるための専門分野を教え、平たく言えば政策を考える専門家=官僚を養成する、というものだった。
 ところが、官僚はすっかり人気がなくなってしまった。さまざまな理由、背景がある。
 深夜まで公的文書作成に追われるなど労働環境の厳しさ、国会で対応する官僚のしどろもどろな様子、国民の疑問に応えようとしない姿勢に、いまの東京大は職業として魅力を感じなかった、ということだろう。たとえば、「森友・加計学園」で財務省の文書改ざんに対する同省担当者の対応は、官僚志望の学生を失望させたことは想像に難くない。

 法曹志望者が減少している。キャリア官僚希望者が少なくなっている。このような状況が、いうなれば法学部離れを起こしたと言えるかもしれない。
 それでは東京大など難関大学から法曹や官僚を目ざしていた層はどこへ行ったのか。金融、商社は相変わらず注目され逸材が集まっている。昨今では、それ以上に新興のIT企業は人気が高い。ソフトバンクや楽天などだ。そして官僚や法曹にとって最大のライバルとなったのが、実力主義で能力に応じて高給が保証される外資系金融、コンサルティング会社である。
 東京大法学部教授からこんな話を聞くようになった。
「クラスでもっとも優秀な学生は財務省、というのは過去の話になりつつあります。最近では頭抜けて切れる学生がゴールドマンサックスやマッキンゼーを選びますからね」。
 法曹や官僚に優れた人材はいなくなって、日本社会の将来は大丈夫か。あぶなっかしい政策が横行しないか。一般常識から離れた法的判断が下されないか。想像するだけでも恐ろしい。法曹や官僚のなり手が減ってしまい、法学部離れが起きるのは、たいそうゆゆしき問題である。
 日本社会はもっと危機感をもったほうがいい。そのためには法学部出身者を大切にする、法学部教育もより充実させることが、喫緊の課題となる。

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