第64回 大学・大学入試情報コラム

新設大学をあたたかい目で見守ってほしい。がんばれ。

2023年9月
教育ジャーナリスト 小林哲夫

 2023年4月、山形県飯豊町の電動モビリティシステム専門職大学が開校した。しかし厳しい船出となった。定員は40人。昨年11月の総合型選抜で受験者が0人、2月の一般選抜で3人、3月に追加で行われた総合型選抜で2人が合格した。しかし、このうち2人は入学を辞退したため、新入生3人で授業がスタートした。専任教員23人、非常勤講師20人が待っていたので、開店休業の感は否めない。

 電動モビリティシステム専門職大学は、赤門自動車整備大学校が母体となって作られた。「約60年間に亘る自動車整備士育成により1万3千人以上の有為な人材を輩出してきました」(大学ウェブサイト)とあり、地元の自動車業界では知られた存在である。
 2010年代、専門職大学制度が整備されたことで、赤門自動車整備大学校は大学経営に乗り出したわけだ。世界の第一線で活躍できる、電気自動車、自動運転の開発者の育成を掲げている。

 新設大学は2000年代ごろまで注目された。
 その多くはこれまでにない大学を作る、というのが売りとなっており。新しい教育内容に惹かれる受験生は少なくなかった。実際、志願倍率は高く、予備校では「新しいものに飛びついたゆえのご祝儀」と見ていた。学生のなかには、1期生になることに誇りを持ち、「自分たちがこの大学を盛り上げていく」と志を持った者がいる。大学教職員が泣いて喜んでいただろう。

 しかし、少子化の波は新設大学に容赦しなかった。2000年代半ば以降に誕生した大学は、学費が安い公立をのぞけば、多くが苦戦している。
 なかでも専門職大学が厳しい。
 2023年度の入学生で定員が8割以下の大学はつぎのとおりだ(入学者/定員 定員充足率)
◆2019年開学
高知リハビリテーション専門職大学(110人 /150人 73.3%)
◆2020年開学
岡山医療専門職大学(64人/120人 53.3%)
◆2021年開学
かなざわ食マネジメント専門職大学(9人/40人 22.5%)
せとうち観光専門職短期大学(20人/80人 25%)
和歌山リハビリテーション専門職大学(46人/60人 76.7%)
◆2023年開学
ビューティ&ウェルネス専門職大学(149人/234人 63.7%)
東京情報デザイン専門職大学(115人/160人 71.9%)
電動モビリティシステム専門職大学(3人/40人 4.5%)
グローバルBiz専門職大学(3人/98人 3.1%)

 大学の定員割れ状況については、こんな意見が出ている。
―――大学は多すぎる。年々、18歳人口が減り続けており、小中学校、高校は閉校あるいは再編統合で、これらの数や規模はどんどん縮小されている。それなのに大学だけが増えるのはおかしい。大学は定員を満たすために、大学生の名に値するレベルの若者をむりやり受け入れている。学力がとんでもなく低い学生が見られる。おかしくないか。学生が少ない、学生のレベルが極端に低い大学はつぶすべきだ―――。

 言わんとすることはわかる。
 だが、これは昭和のころの凝り固まった大学観からの発想だ。大学は高等教育機関として高い知識、専門性、教養を身につけるところ、インテリゲンチャー育成機関である。1980年代まではそういう見方も成り立った。大学進学率20%台の時代である。
 しかし、いまは進学率55%を超えている。学力が高い層は国公立大学、人気の私立大学に集まっており、多くの大学にはさまざまな学力層、言いかえれば中学生レベルぐらいの学生が散見される。

 それでも大学が増えたのは、社会構造が大きく変わり、さまざまな分野で大学卒の資格が求められるようになった。なかでも看護、保健、福祉の世界ではより専門性が求められ、大学で高度な知識、技術を身につける必要が出てきたからだ。
 一方、経営者サイドに立てば、長く続けてきた短期大学、専門学校が相次いで定員割れを起こし、四年制大学を作り学生を集めたいという思惑もある。
 2024年開学予定の大学をみるとよくわかる。(所在地 前身の学校、存廃)

北海道武蔵女子大学(北海道札幌市 北海道武蔵女子短期大学=廃止)
仙台青葉学院大学(宮城県仙台市 仙台青葉学院短期大学=廃止)
東北農林専門職大学(山形県新庄市 山形県立東北農林大学校<専修学校>=存続)
愛知医療学院大学(愛知県清須市 愛知医療学院短期大学=廃止)
高知健康科学大学(高知県高知市 (土佐リハビリテーションカレッジ<専修学校>=廃止)
2024年開学予定の大学

 これらの大学のうち、仙台青葉学院大学、愛知医療学院大学、高知健康科学大学の3校はリハビリテーション学科設置となっており、理学療法士、作業療法士など医寮系分野の人材育成を掲げている。これまで専門学校が担ってきた領域だ。
 少子化でさまざまな分野で人材が不足している。そんな時代だからこそ知識や技術を持った人が求められる。それがいま、短大、専門学校から大学に移ったという話である。
 しかし、世の中はこうした大学をすんなり受け入れているわけでないようだ。

 2010年代、医寮系専門職育成をする大学がいくつか誕生した。しかし、多くは学生募集で苦労している。開校年でも「ご祝儀」的に学生が集まることはなくなった。新設大学のウィークポイントは就職実績がない、先輩がいないことである。1期生、2期生たちが自ら就職先を開拓して実績を作り上げるしかない。ここに気概を感じて邁進する学生が集まればいい。だが、受験を考える高校生はどうしたって不安を抱いてしまうだろう。保護者もポジティブには見てくれない。
 それが、入学者3人とか9人とかの遠因になったのだろう。

 定員を極端に割った新設大学について、ニュースサイトに取り上げら、SNSで嘲笑の対象となり、SNSなどでネガティブな大学評が伝えられる。まるで、大学を切り捨てるように、これでていいのだろうか。
 わたしはそんな風潮には与したくない。まずは教育内容、学生の取り組みを見てほしい。たしかに他大学に比べれば、大学としていたらないところは少なくないだろう。しかし、もうすこし、あたたかい目でみてあげられないものか。見方を変えれば超少人数教育でぜいたくな学びを提供しているのだから。

 電動モビリティシステム専門職大学は入学式で、清水浩学長はこう式辞を述べた。
「前向きな皆さんが入学した。自動車開発には、氷や雪で車が滑ることを体感することが重要。最先端の分野で、町の気候の下で新しい道を切り開いていきたい」(「朝日新聞デジタル」2023年4月6日)。
 
 そう、新設大学に進むのは「前向きな皆さん」である。チャレンジャーなのだ。
 そんな彼らを受け入れる、やさしさがいまの日本に必要だと思う。
 新設大学よ、がんばれ。
 
教育ジャーナリスト 小林哲夫:1960年神奈川県生まれ。教育ジャーナリスト、編集者。朝日新聞出版「大学ランキング」編集者(1994年~)、通信社出版局の契約社員を経て、1985年からフリーランスの記者、編集者。著書に『女子学生はどう闘ってきたのか』(サイゾー2020年)・『学校制服とは何か』(朝日新聞出版2020年)・『大学とオリンピック』(中央公論新社2020年)・『最新学校マップ』(河出書房新社2013年)・『高校紛争1969-1970 「闘争」の証言と歴史』(中公新書2012年)・『東大合格高校盛衰史』(光文社新書2009年)・『飛び入学』(日本経済新聞出版1999年)など。

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