第29回 大学・大学入試情報コラム

今だからこそ言いたい。日大がんばれ。

2021年12月
教育ジャーナリスト 小林哲夫

 2021年11月、日本大学理事長の田中英寿氏が逮捕された。
 田中氏は、日大板橋病院の建て替えをめぐり、1億2000万円のリベート収入を申告しなかったという、所得税法違反の容疑がかけられている。
 これを受けて、日大は意志決定機関となる臨時評議員会を開き、田中英寿氏の理事長解任を全会一致で可決した。
 この問題について、メディアは連日、日大について大学経営のあり方からネガティブに報じてきた。田中英寿氏は逮捕されるまで、大学で大きな権力を持って独裁的な振る舞いを日常的に行っていたことが伝えられている。

 これは日大の教員、学生にとっては、たまったものではない話である。
 大学トップの不祥事によって、日大全体がすっかり悪役になってしまったからだ。とくにいまの4年生にすれば「またかよ」という思いを抱いただろう。
 彼ら4年生が入学した2018年、日大はバッシングを受けていた。同年5月、日大アメリカンフットボール部が悪質タックル事件を起こしたのである。このとき、報道系あるいは情報系番組において、日大の選手が、関西学院大の無防備な選手に背後から強烈なタックルをくらわすシーンが連日、繰り返し報道される。それは暴力的な行為と受け止められても仕方がなかった。
 
 こんなシーンをしょっちゅう見せられる側からすれば、「日大はこわい」という印象がすり込まれてしまう。案の定、受験生は日大から引いてしまった。
 アメフトの悪質タックル事件の次の年、2019年は、日大の入試志願者数は9万9972人だった。18年は11万4316人だったので、1万4344人の大幅減少となる。一般学生に加えて、スポーツ系学生で日大離れが起こったと言われている。
 高校の体育会部活動指導者はこう話してくれた
「これまで、日大にはスポーツの各競技で高校時代のトップアスリートたちが集まっていました。だが、彼らはアメフトの悪質タックルを見て怖くなって日大を避けようとします。そして、青山学院大、駒澤大、専修大、中央大、明治大、法政大、東洋大、日本体育大、日体大に流れました。その結果、日大では常勝とされていた競技で、弱くなったものがあります」。
 
 2019年以降、日大のスポーツでこれまでに比べると上位成績をおさめなかった競技がある。しかし、アメフトの悪質タックル→スポーツ学生の日大離れ→競技の弱体化、という因果関係を説明するのはむずかしい。

 もう1つデータを調べてみた。
 2021年開催のオリンピック「東京2020」への日大出身者数(在籍者含む)である。「東京2020」では大会開催国優遇措置として日本の出場者枠が大幅に広がり、583人の代表選手を送り出した(16年リオデジャネイロ大会は338人なので245人増となる)。このうち、日本体育大出身者は57人を数え25人増となった。一方、日本大は28人で9人増にとどまっている。いくつかの競技でオリンピックの代表となるトップアスリートは、日大ではなく日体大など他大学に進んだという見方はできる。

 日大はアメフトの悪質タックル問題で入試志願者数を減らし、各スポーツ競技にも影響を与えた。
 2020年はどうだったのか。11万3902人だった。前年比1万3930人増となり、悪質タックル以前の水準にしっかり戻している。
 大学受験の世界では入試データの推移について「隔年現象」が見られる。ある年に志願者が多い(少ない)と、その次の年は少なくなる(多くなる)という現象だ。受験生のあいだで、前年は志願者が多かったので受けるのをやめよう、少なかったので受けてみよう―――という心理が働いたことによる、とされる。
日大もそれに当てはまったのだろう。

 2021年はどうだったのか。日大の志願者数は9万7948人だった。1万5954人の大幅源となった。この間、日大は大きな不祥事を起こしていない。悪質タックル問題が再び蒸し返されたわけでもない。となれば、隔年現象が起きたのか。
 いや、そうとは言い切れないようだ。どの大学も志願者を大幅に減らしている。たとえば、近畿大も前年比で約9500人、早稲田大は約1万3000人減らした。コロナ禍で地元志向が強まった、大学入学共通テスト導入、経済状況の悪化などが要因とみたほうがいい。

 では、2022年、日大の志願者はどうなるか。大学理事長逮捕、理事長解任という大きなダメージは志願者数に影響を与えるか。
 わたしはそれほど大きく響かない、と思っていた。しかし、連日の報道で日大について負のスパイラルを断ち切ることができない。日大志望の受験生に日大についてのマイナスイメージがどんどんすり込まれていくのではないか。わたしはそれを懸念している。

 日大の経営陣が引き起こした不祥事は大学の悪しき体質を示したものである。
しかし、あたりまえの話だが、それは日大の教育、研究とは何ら関係はない。教員、学生のレベルや教育、研究体制など、そのクオリティが問われるようなことではない。
 日大にはたいへん優れた教員がいる。意欲的な学生がいる。魅力的な授業が行われている。新しい研究テーマに挑戦している。多くの人材を社会に送り出してきたなど、どの学部もキラリと光るものがある。これらの高く評価できる日大の良さをきちんと見るべきであり、日大経営陣のダメぶりと混同して、大学全般をネガティブに捉えてはいけない。

 いまだからこそ、日大の良さを探ろう。
 大学ランキングで1位となっている分野がいくつかある。以下、就職先、国家試験合格者データである(2020年 大学通信、所管官庁調べ)。
◆就職先
 中学校教員150人(1位)、 高校教員103人(1位)、警察官129人(2位)、消防官53人(3位)、自衛官37人(1位)、IR東日本57人(1位)、JR東海23人(2位)、第一生命23人(2位)、オリエンタルランド6人(5位)、ニトリ9人(9位)
◆国家試験合格
 一級建築士162人(1位)、技術士86人(3位)

 大学で不祥事が起こると、学生が就職先を心配している、という報道が少なからずなされる。そんな心配は無用だ。企業は田中英寿氏を採用するのではない。学生に期待しているのだ。学生諸君は自信をもってほしい。

 日大を愛する学生、教員の声を紹介しよう。
 水泳選手の池江璃花子さん。難病から復活し、「東京2020」での活躍は記憶に新しい。池江さんは、アメフトの悪質タックル問題が取りざたされ日大バッシングが起こる中、同大学にAO入試で合格し、2019年に入学した。日大は水泳部が強く優れた指導者がいたことが決め手になったようだ。
 2021年10月、池江さんは水泳部の女子主将となり、こうコメントしている。
「この度、次年度の女子キャプテンを務めさせていただくことになりました。歴史ある日本大学水泳部の女子キャプテンになるという責任と誇りを持って、これから更に成長し、結果を出していけるように頑張りたいと思います」。
 
 日大文理学部教授で学部長をつとめる紅野謙介さんは大学の公式ウェブサイトでこう呼びかけています。
「本学の校歌に「正義と自由の旗標のもとに 集まる学徒の使命は重し」という一節があります。「正義と自由」、今はその言葉が空虚に響きます。「自主創造」という言葉も、ほんとうにひとりひとりが自主的、創造的であったか,従順な機械になっていなかったかを問い直さないと、無意味なスローガンで終わるでしょう。しかし,形だけになった言葉を、実質あるものにするのはやはりそこに関わる人々です。ひとりひとりは愚かで弱い、無力な存在ですが、その愚かさや弱さの自覚に立ちながら、言葉を実のある言葉にしていかなければなりません。失敗と混乱から立ち直るなかでこそ人の真価が問われる。このことを心に刻み、これから先の緊急対応に当たって行く所存です。ひきつづき注視していただくとともに、学生、教職員の皆さんが落ち着いて勉学や仕事にあたられることを望んでいます。
 なお、在学生のみなさんでこの件により、不当な言葉を投げかけられたり、不当な扱いを受けたりした場合は、各所管課の窓口にご相談ください」(2021年12月6日)。
 
日大には元気や勇気を与え、励ましてくれる学生、教員がいる。
すばらしいではないか。

受験生は日大の魅力を探ってほしい。
日大、がんばれ。

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