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「学歴厨」って何だろう――炎上した「wakatte.tv」から考える

 わたしは「学歴厨」と言われたことがある。
 『大学ランキング』(朝日新聞出版)という大学評価誌の編集者を30年以上続けており、実際に大学のランキングを作っている。『東大合格高校盛衰史』(光文社)では東大合格者の出身高校を集計し全国の進学校を解説してきた。最近では『予備校盛衰史』を上梓し難関大学に強い予備校や塾を並べている。
 なるほど、学歴大好きな学歴厨たちにすれば、わたしがまとめた大学、高校、予備校に関する情報は喉から手が出るほどありがたいものらしい。彼らがSNSで学歴に関する発信内容の元ネタにされている。なるほど、そのわたしが「学歴厨」扱いされても仕方がない。
 そもそも学歴厨とはなんだろうか。

 学歴厨の学歴は、高卒、大卒という教育機関の修了を示すものではなく、どの大学、高校を卒業したかで語られる。ようするに大学歴、高校歴だ。これに「厨房」の厨をくっつけたものである。
 「厨」は「ちゅう」と読む。本来の意味は台所、箱などである。厨房と言えばわかりやすい。調理場のことだ。
 しかし、学歴厨で使われる「厨」はまったく異なる意味合いをもつ。興味、関心があるもの、大好きなことに関する知識を身につける、関連するグッズを集める、関係する場所を訪問する人たちを表している。熱狂的なファン、細部にこだわるマニア、偏執狂的なおたくの集団といっていい。ネットから生まれたスラングだ。

 学歴に「厨」を付けることで、学歴(繰り返すがこの場合は出身学校歴)に大きな価値を置き、さまざま分野でその人物を学歴から称賛する人たちである。
 こう説明してもピンとこないかもしれないので、学歴厨を語る上でわかりやすいケースを紹介しよう。ネット配信記事で次のような見出しを見かけた。
 「「すごい秀才」偏差値67!実は『難関校』出身の【国民的女優】42年前、3万人超の“頂点”に君臨した【異次元の美少女】」(TRILLニュース2026年9月11日)
 「「U-18日本代表」出場選手高校偏差値ランキング第3位 昨夏の全国王者…復活期すエース左腕」(「ベースボールチャンネル」2026年9月11日)
 「偏差値が高すぎる…実は「超高学歴」だった男性アーティスト 難関国立大学出身…頭が良すぎる天才音楽家は?」(映画チャンネル2026年9月11日)
 難易度が高い大学、高校へ通っている。一方でこういう才能があったのか―――と、学歴ありきで人物を捉える発想である。進学校でスポーツ強豪、難関大学出身の作家や芸能人など、学歴との因果関係を探って、むずかしい論を展開する人もいれば、強引にこじつけた見方を披露する人もいる。学歴厨はこうしたテーマを調べ尽くし、仲間を集めては語り合って楽しむ。ときにSNSで調査成果を発信する。「東大合格に強い女子校」とか。

 学歴厨はこのように楽しんでいる分については、まわりからとやかく言われるものではない。贔屓にする野球チームが、興味がある大学や高校に変わった、つまり横浜DeNAベイスターズが県立横浜翠嵐高校に置き換えられただけだから。
 だが、学歴厨には一線を越えてしまう危険性がはらんでいる。贔屓の大学、大好き高校に思いを寄せすぎて、これらとは対極にある存在を否定しようとするメンタリティだ。
 学歴には、高い低いという価値判断がどうしても組み込まれる。どのような学歴であって生身の人間がそこにいる以上はレスペクトしなければならない。だが、学歴の高い低いというモノサシから、優劣を導きだそうとするケースがある。ここにキャンセルカルチャーの論理が入りこんでしまい、低いところを劣と評し、見下す、侮辱してしまう。

 学歴厨のなかにはこうした行動にでる人たちがいる。
 YouTube番組「wakatte.tv」だ(ワカッテ ティービー 以下、「ワカッテ」)。同番組で進行をつとめる高田ふーみん氏、びーやま氏は「Fランやんけ」と常套句を連発し、受けを狙ってきた。
 「ワカッテ」のチャンネル登録者数は78万人と言われており、こうした一連のやりとりはすでに大きな話題となっており、受験生のあいだでは知れ渡っている。
 だが、2026年夏、「ワカッテ」は厳しい批判を受けた。きっかけは、九州大学教授の岡崎晴輝さんがXで学歴差別であり人権侵害であると論じたことだった。「ワカッテ」側は当初、エンタメ(エンターテインメント)として受け止めてほしいと理解を求めたが、X、フェイスブックなどSNSでは「ワカッテ」に批判が集まった。

 そのさなか、「ワカッテ」は福島大学について入試難易度で「国公立の最下位」、放射能研究に関して「福島大には触らせたくない」と発言をしてしまう。火に油を注ぐ、とはこういうことだろう。SNSで多くの批判にさらされてしまった。とくにアカデミズム界わいを怒らせてしまう。
 当事者の福島大学の学長、大学所在地の自治体首長そして文科大臣までもが、「ワカッテ」側に苦言を呈す事態にまでなった。まもなく、「ワカッテ」側の高田ふーみん氏がYouTubeで「私の不適切な発言、大変申し訳ございませんでした」「今回の私の発言、本当にひどい発言だったと深く深く反省しています」謝罪している。

 私見によれば、「ワカッテ」の言動によって、学歴厨と言われる人たちの評判はがたっと落ちている。学歴厨はタテマエを嫌い、むき出しのホンネで学歴を語ってきた。「ワカッテ」を支持する人たちもいた。だが、いまや学歴について安易に語ってしまうと、SNSの世界で反撃を喰らってしまう。
 となれば、学歴厨はすこしおとなしくなるのではないだろうか。
 2000年前後、ネットで「嫌韓厨」ということばが流行った。韓国を嫌う人たちのなかで言動が過激で議論のレベルが幼稚な人のことだ。韓国を嫌うあまり、ときに民族差別につながるヘイトスピーチを行うような非常識な態度を取ってしまう。
 学歴厨がそうならないことを祈りたい。
 ところで、厨は厨房=調理場を示すことばなのに、なぜか相手を侮蔑する機能を持ってしまった。これには発達過程にあり未成熟な中学生を表すスラング「中坊」にも由来するという説がある。社会経験が乏しい中学生程度の精神、知識で、われこそが正義という強い思い込みから、自分の考えとは異なる見方を排斥する。そんな人たちが厨を形成してしまう、ということだが、ややこじつけ感はある。

 閑話休題。
 学歴厨にも「嫌韓厨」と似たような状況、たとえば学歴が低い者を見下し、侮辱する、それが行き過ぎてヘイトスピーチになることが起こってしまうならば、きわめて憂慮すべき事態で残念だ、悲しい。「ワカッテ」は過激な発言をどう受け止めるかを視聴者つまり学歴厨に委ねているフシがあるが、それはあまりにも無責任だ。学歴厨を暴走させないように良識を求めたい。
 もっとも、わたしは、学歴厨が学歴をさまざまなモノサシを用いて語ることに否定的ではない。それが趣味的であってもいいと思っている。
 実際、わたしも多くの観点から学歴にアプローチしている。学歴は日本の教育にどのようなインパクトを与え、その結果、日本の社会はどのように発展させたか、またが停滞させたかを知りたいからだ。日本社会の盛衰と学歴との因果関係である。
 たとえば歴史的に官僚を担ってきた東京大学の優秀な学生は、昨今、待遇が良い外資系企業にめざすようになった。こうした学歴エリートの動向は、日本社会の将来を考える上で貴重な資料になりうる。

 繰り返すが、学歴を語る際、「ワカッテ」のように学歴の高い低いから優劣をつけて相手を不快にさせる、相手を侮辱する発言をすべきではない。なぜ不快になるのか、どこが侮辱にあたるのか。それがわからなかったら学歴を語るべきではない。こう話したら相手が傷つけてしまう、という想像ができない者に大学、高校を評価する資格はない、とわたしは自戒を込めて訴えたい。
 いかなる教育機関であろうと、そこに身を置いているのは生身の人間である。彼らを悲しませたくない。彼らがそこで存分に学んでほしい。そのためには最大限のレスペクトを忘れないことだ。

教育ジャーナリスト 小林哲夫:1960年神奈川県生まれ。教育ジャーナリスト、編集者。朝日新聞出版「大学ランキング」編集者(1994年~)、通信社出版局の契約社員を経て、1985年からフリーランスの記者、編集者。著書に『予備校盛衰史』(NHK出版2026年)・『女子学生はどう闘ってきたのか』(サイゾー2020年)・『学校制服とは何か』(朝日新聞出版2020年)・『大学とオリンピック』(中央公論新社2020年)・『最新学校マップ』(河出書房新社2013年)・『高校紛争1969-1970 「闘争」の証言と歴史』(中公新書2012年)・『東大合格高校盛衰史』(光文社新書2009年)・『飛び入学』(日本経済新聞出版1999年)など。

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