大学・大学入試情報

大学教員の情報はどこまでが「個人情報」なのか

 A大学広報課に電話をしたときのことだ。
 以下、わたしと広報担当職員のやりとりである。
「こちらはA大学広報課でよろしいですか」
「はい。A大学広報課です」
「○○学部の○○さんは現在、常勤の先生として教えていらっしゃいますか。著書や論文で所属はA大学教授になっていましたが、大学のウェブサイトに記載はありませんでした」
「個人情報なので教えられません」
「○○先生に仕事のお願いをしたく手紙を書きたいのですが、いらっしゃるかどうかだけでも教えていただけませんか」
「個人情報なので教えられません」
「わかりました。広報課のどちらさまでしょうか。お名前をうかがってもいいですか」
「わたしですか」
「はい」
「個人情報なので教えられません」。

 B大学広報課に同じような電話をしてみた。
 広報担当職員のやりとりである。
「こちらはB大学広報課でよろしいですか」
「はい。B大学広報課○○です」
「○○学部の○○さんは現在、常勤の先生として教えていらっしゃいますか。著書や論文で所属B大学教授になっていましたが、大学のウェブサイトに記載はありませんでした」。
「はい、少々お待ちください」
「ありがとうございます」
「○○先生は昨年、定年で退任されました。いまは非常勤として週に一度教えています」
「○○先生に仕事のお願いをしたく手紙を書きたいのですが、どのようにすれば連絡がとれますでしょうか」
「○○先生はいま、○○大学で常勤で教えていらっしゃいます。お急ぎならばこちらに連絡するのが早いかと思います。わたしどもに大学に手紙を送っていただいても、○○大学に転送します。お急ぎでないようでしたら、週に一度の出講日にお渡しします」
「ありがとうございます」
「はい、わたくしB大学広報課○○がうけたまわりました。今後ともよろしくお願いします」。

 A大学広報課はなにも教えてくれなかった。対応した広報課職員は自分の名前も明かさない。この広報課職員は大学教員に関することを話すことでのちに問題となり自分の責任が問われると思ったのか。そこで「個人情報」を持ち出して、問い合わせに応えることを避けたかったのだろう。
 B大学広報課は最初の受け答えから自分の名前を伝えた。そして、わたしがたずねたことについて、とてもていねいに教えてくれた。アドバイスもいただいた。なによりもすばらしかったのは、最初、最後に自分の名前を出すことで自ら責任をもって対応していることを示してくれた。

 広報課はその組織にとっての顔と言える。
 大学で教員がノーベル賞を受賞といった慶事があった、学生が暴力や麻薬所持などに関わるという不祥事が起きた。当然、メディアは大学に問い合わせをする。たいていの大学は「広報を通してください」と伝える。大学広報課は表舞台で公式な情報を知らせる、あるいはさまざまな問い合わせに応じる。
 大学広報課がこうした職責をまっとうする。それはまさに大学の顔という立ち位置を示すことになる。

 それゆえ、A大学広報課の対応は2つの点で残念だった。
 まず大学教員に関する情報は、どこまでが「個人情報」として守らなければならないか、、ということだ。教員の生活を守るために住所、家族構成などプライバシーに関わることはもちろん公表してはいけない。出身地、出身の小中学校高校も「個人情報」に含まれる。だが、学位を取得した最終学歴となる大学または大学院は、教員の学問分野を知る上で伝えなければならない情報になり、「個人情報」にカテゴライズされるのは合理性がない。
 大学教員は自らが積み上げた学問の専門性が、俗っぽい表現だがたいへんな「売り」になる。
 学問の専門性が発揮される具合例はこんなところだろうか。
①修士、博士といった学位取得で示される専門分野
②論文、学会発表、専門書刊行、学術賞受賞などで評価された研究業績
③政府、自治体の審議会や委員会の委員に就任して法整備や政策立案
④公開講座、メディア出演、入門書刊行などによる啓蒙活動
⑤学生に教養、専門分野(知識識、技術)を身につけさせた優れた教育実践

 これらは「個人情報」として公にしてはならない、というものでは決してない。
 いや、大学にすれば、絶対に出さなければならない情報である。なぜならば、大学は所属する教員の専門性によって、さまざまな面で社会的に評価されるからだ。研究業績が高ければ宣伝になり、支援を受けられる。
 大学入試の世界もそうだ。受験生も含まれる。○○大学には○○分野で世界有数の教員がいる。だから、ここに入りたい、という志望動機になる。
 もちろん、大学教員がその大学に所属しているかという事実関係についても、「個人情報」を理由に秘匿すべきではない。
 A大学広報課が大学に所属する、あるいは過去に所属した教員について「個人情報」を理由に答えないのは理解に苦しむ。

 また、A大学広報課が自分の名前を名乗らなかったことについて、これは問い合わせ、依頼する側からすれば困ったことになってしまうことがある。自分がだれと会話をしているのかわからない。あとで確認したいとき、だれを窓口にしていいかわからないからだ。「さきほど電話に出られた方をお願いします」と言うしかないが、それでは先方も組織内で「誰か○○さんのからの電話を受けましたか」と、周辺に聞いてまわることになり、速やかに対応できない。効率は良くなく日常業務に支障を来してしまう。
 昨今では、メールのやりとりでも似たような事例が見られる。広報課といった所属名だけ記してあり、受け答えしている人物の名前が書かれていないことがたまにある。
 自分の名前を知られるのが、そんなにいやなのだろうか。

 大学教員は教育、研究、社会貢献学問分野において「個人情報」として秘匿されるものではない。大学広報課職員の名前も「個人情報」をタテに明かさないのは、対外的なやりとりを進めるなど業務の上で合理的でない。
 大学の世界だけではないだろうが、「個人情報」を自分に都合良く使う場面が見られる。それは組織にとっても、関係する人物にとっても決してプラスにはならないことを知ってほしい。多くの人に知ってもらうという広報のツールを失ってしまうからだ。
 
教育ジャーナリスト 小林哲夫:1960年神奈川県生まれ。教育ジャーナリスト、編集者。朝日新聞出版「大学ランキング」編集者(1994年~)、通信社出版局の契約社員を経て、1985年からフリーランスの記者、編集者。著書に『女子学生はどう闘ってきたのか』(サイゾー2020年)・『学校制服とは何か』(朝日新聞出版2020年)・『大学とオリンピック』(中央公論新社2020年)・『最新学校マップ』(河出書房新社2013年)・『高校紛争1969-1970 「闘争」の証言と歴史』(中公新書2012年)・『東大合格高校盛衰史』(光文社新書2009年)・『飛び入学』(日本経済新聞出版1999年)・『予備校盛衰史』(NHK出版2026年)など。

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