第75回 大学・大学入試情報コラム
パレスチナ反戦は、大学のグローバル化で世界に広がる
2024年5月
教育ジャーナリスト 小林哲夫
イスラエルによるパレスチナ・ガザ地区攻撃について、世界中の学生が怒っている。イスラエルと親和性が高いとされるアメリカでは、多くの大学で学生が抗議行動を行った。
SNSで確認したところ、スタンフォード大、カリフォルニア大バークレー校、南カリフォルニア大、ニューメキシコ大、オースティン大、フロリダ大、コロンビア大、ミシガン大、ニューヨーク大、バーナード大、イェール大、サン・アントニオ大、ブラウン大、タフツ大、ミネソタ大、エマーソン大、エモリー大、マサチューセッツ工科大、ハーバード大、ペンシルベニア大などだ。
イギリスのオックスフォード大やケンブリッジ大、カナダのマギル大、オーストラリアのシドニー大、メキシコのメキシコ国立自治大、韓国のソウル大などでも、学生が声をあげている。
学生の抗議内容は大きく分けて3つある。
(1)戦争反対。イスラエルはパレスチナへの攻撃をいますぐやめろ。
(2)大学はイスラエルの企業や大学との連携をやめろ。戦争への加担になるから。
(3)政府はイスラエルのパレスチナ攻撃を支持するな。
抗議の方法はいくつかある。
(1)キャンパスでテントを張って泊まり込む。パレスチナの旗に模した幕が多い。
(2)キャンパス内およびその周辺で集会、デモを行う。
(3)校舎を占拠する
(4)卒業式でパレスチナ支持を訴える。
学生の抗議活動に対して大学の反応はさまざまだった。
コロンビア大では、学生がテントを張ったり、校舎を占拠したりなどして「ガザ反戦」を訴えたが、大学は警察を導入して学生が100人以上逮捕されている。また、大学は占拠した学生を退学処分にすると発表している。卒業式は中止となった。式場で学生がガザ反戦を訴える、大学の処分を批判することは必至だ。大学はこうした事態を避けるために式を取りやめた。実際、ほかの大学の卒業式ではパレスチナ国旗が振られている
カリフォルニア大バークレー校は正反対だった。同大の学長は卒業式のスピーチで「数万もの人々の殺害、教育機関の破壊、生活インフラの破壊、ガザにおける暴力の残酷さ」を訴え、キャンプ運動について「市民的不服従であって、大学が歴史的にそうしてきたように、私の使命はこれに平和的解決をもたらすこと」と理解を示している。警察を導入して排除することはなかった。
ひるがえって日本はどうだろうか。
5月に入ってから東京大、東京都立大、青山学院大、国際基督教大、上智大、多摩美術大、京都大、広島大において、キャンパスでパレスチナの国旗を模したテント、いわゆる「パレスチナ連帯キャンプ」が登場した。
東京大は上記の大学のなかでもっともキャンパスにテントが作られ、パレスチナ国旗がはためいた。本郷ではなく駒場である。本郷は学則上、むずかしいからだ。現在も続いている。京都大では時計台前に設営された。他大学の学生が立ち寄る姿がよく見られる。立命館大、同志社大では学則が厳しくてテント設営は困難だからだ。
青山学院大では1日だけ、しかも1時間限りの「パレスチナ連帯キャンプ」だった。大学からの撤去を要請されたからである。置いてはいけない、というルールはない。だがキャンパスに物を置くと、風などで物が飛んで危ないから、というのがその理由だった
多くの大学でテントを張ることはできない。大学の規則が厳しく、それを遵守すべく、大学職員が目を光らせている。テントを張るとしたらゲリラ的な行動を起こすしかない。
明治学院大では白金・戸塚両キャンパスにて「貼り紙アクション」を行っている。「イスラエルによるパレスチナ・ガザ地区での虐殺に抗議」を旨とする内容の貼り紙を、キャンパスの施設に貼り付けた。
大妻女子大の学生はSNSで「本よみデモ」を呼びかけた。
「大妻構内にて、パレスチナに対するイスラエルのジェノサイド・民族浄化について学び抵抗を示す、読書を通じたデモ活動を始めます。パレスチナに関する本や資料を用意しました。大妻生のみなさん、気軽に参加どうぞ!」(X 5月3日)。
いま、パレスチナで起こっている悲劇に対して無関心ではいられない。戦争をやめるように訴えたい、だが、どうしたらいいものか。
学生は考えた。そして、海外の大学でパレスチナ支援の活動をする同年代の学生を知る。SNSによって、キャンパスで警官が学生を殴りつけて連行するシーンを知った。
振り返って日本の大学はどうだろう。
静かである。どこも衝突は起こらず、キャンパスは平和そのものだ。
だが、これでいいのだろうか。
学生はあらためて考えた。自分たちで何かできることはないか。
それがパレスチナ支援のためのテント設営である。
こうした学生の動きについて、大学はどう対応していいかわからない。厳しく学生を管理する大学がある。かつて、過激派と呼ばれた新左翼党派が自治会を支配し、大学の施設を勝手に使い、ときに授業を妨害し、死者がでるような内ゲバを起こしてきた。
大学からすれば、パレスチナ支援など、社会と向き合い、発信、行動する学生を見ると、「キャンパスを破壊する過激派の再来」を恐れてしまう。実際、新左翼党派は現存し、学生の活動家がいる。大学を守るためには、彼らをキャンパスには1人たりとも入れない。大学がそう考えて、管理を厳しくしてきた。法政大、明治大、同志社大などがそうだ。
しかし、2020年代のいま、半世紀前に暴れた学生が再び現れて大学を破壊する、というようなことが考えられるだろうか。
いま、文部科学省は教育政策の一環として、小中学校、高校、大学に対して、自分の頭で考える学生の育成を掲げている。その1つ「アクティブ・ラーニング」という教育方法がある。
文部科学省は大学の授業改革として、各大学にこれを導入するように推奨している。文科省はこう定義する。
「教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称。学修者が能動的に学修することによって、認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る。発見学習、問題解決学習、体験学習、調査学習等が含まれるが、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク等も有効なアクティブ・ラーニングの方法である」(文科省ウェブサイト)。
学者が書いたような説明でわかりにくいが、キモは後半にある。「発見」「問題解決」「ディスカッション」だ。教員の一方的な講義ではなく、学生が問題を発見して、それを解決できるように教員と学生、学生間で議論しましょう、というものだ。
学生参加型授業とも呼ばれている。当然、学生は自分の頭でしっかり考えなければ、問題を発見する、解決しようとする、そのために議論しなければならない。
たとえば、憲法の授業で平和主義、戦争放棄を学んだとする。日本では80年近く実現された。だが、世界を見渡すとどうだろうか。ロシアとウクライナ。そしてイスラエルとパレスチナである。日本だけ平和であり続ければそれでいい。という考えにはならないはずだ。
キャンパスでも街頭でも戦争反対を訴えたい。至極まっとうで健全である。
しかし、いまがキャンパスでそれができない。ヘタに動けば過激派扱いされ、大学に睨(にら)まれてしまう。
大学によっては、平和を求めた行為=立て看板の設置、ビラの配布が、学内秩序を乱すと受け止められ、厳しい処分がくだされる恐れがある。学生は萎縮してしまう。一方で、平和を訴えられないほど、大学は言論、表現の自由を規制していいのか、という反発も出てくる。
青山学院大立て看同好会のメンバーがSNSでこう呟いた。
「ポスター、立て看板を掲出できないという制度は、大学当局が学生の表現の自由に対して恣意的に干渉・介入しうるということを意味しており、それは検閲の制度であると言うことができます。学生の自由な言論及び告知の手段を不当に抑圧する規則を、《学内秩序の維持》という名目によって正当化することはできません。われわれは、学生の表現の自由を保障しうるような学内体制を形成・維持するために、何よりもまず、公示事項第1項の改廃が不可欠であると考えます。ビラ、ポスター、立て看板などは、大学当局によって検閲・無断撤去されるべきものではありません」(5月9日)。
いまの学生は大学と対立するという構図を望んでいない。就職活動に響くというホンネもあろうが、他者との争いそのものを好まないからだ。また、昔のようにいきなりストライキをしたり、校舎を封鎖したりして要求を突きつけるという発想はない。そんなことをしても支持を得られない、とわかっている。
こうしてテントが登場した。管理が厳しい大学では「読書デモ」と銘打って意志表示する。そこに暴力は介在しない。
大学は、社会と向き合いしっかりものを考える学生を大切にしてほしい。
それでも大学にはルールがある、というならば、大学と学生はしっかり話し合ってほしい。そして、学生が表現できる場を確保してほしい。
いま、ほとんどの大学がグローバル化を掲げている。学生の海外留学制度、外国人留学生の受け入れ、外国人教員の招聘という、ハード面でのグローバル化は大切である。まずは国際交流を進めるための環境を整備しなければならない。一方、ソフト面でのグローバル化が求められる。
戦争をやめさせる知恵、知識には学問知(法律学、政治学、宗教学、社会学、心理学など)が必要だ。そして、学生たちの平和を訴える声も重要である。それが戦争の抑止力になった歴史もある。ベトナム戦争終結も学生などの世論によって突き動かされた感は否めない。
戦争反対の声は大学を超え、国を超えてグローバル化している。SNSはその勢いを加速させた。パレスチナ反戦は、大学のグローバル化を示す象徴である。大学のグローバル化がもっと進めば戦争が終わり平和を訪れる、と信じたい。
教育ジャーナリスト 小林哲夫:1960年神奈川県生まれ。教育ジャーナリスト、編集者。朝日新聞出版「大学ランキング」編集者(1994年~)、通信社出版局の契約社員を経て、1985年からフリーランスの記者、編集者。著書に『女子学生はどう闘ってきたのか』(サイゾー2020年)・『学校制服とは何か』(朝日新聞出版2020年)・『大学とオリンピック』(中央公論新社2020年)・『最新学校マップ』(河出書房新社2013年)・『高校紛争1969-1970 「闘争」の証言と歴史』(中公新書2012年)・『東大合格高校盛衰史』(光文社新書2009年)・『飛び入学』(日本経済新聞出版1999年)など。
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