第73回 大学・大学入試情報コラム

宇都宮大の授業料納付問題、大学は学生目線に立ってほしい。

2024年4月
教育ジャーナリスト 小林哲夫

 大学は血も涙もないのか。
 そんな悲しい思いを抱かせるできごとだった。
 今年3月、宇都宮大がフィリピン人の女子学生に対して、授業料を免除しすぎだという理由で、多額の授業料不足分を3週間以内に納付するよう求めた。
 いったい、何が起こったのか。
 文部科学省は経済的に厳しい立場におかれた大学生を支援するため、授業料を免除する支援制度を設けている。宇都宮大の女子学生(以下、宇大生)は8歳で家族と日本にやってきた。両親の年収が計300万円前後という低い水準ゆえ、宇大生は授業料を納付するのは厳しい。そこで、この支援制度に基づき授業料を3分の1に免除され、日本学生支援機構の奨学金給付を受けていた。ところが、大学は「親の所得を再判定したところ免除しすぎだったことがわかった」として、過去にさかのぼった不足分を含め44万6500円の授業料を納付するよう求めてきた。
 宇大生がこの通告を受けたのが3月8日で、納付期限を29日午後5時と設定する。それまでに納付しなければ、除籍処分にすると。分割は認めない、という厳しい通告だった。

 この間の事情について、メディアがこう報じている。
「女性は「除籍なら単位も抹消され、これまでの努力も水の泡。大学では移民の支援問題を勉強し、低所得の外国人でも大学を卒業できることを自ら示そうと頑張ってきたのに」と話す。宇都宮大学生支援課は取材に「期限内に授業料を納付しない学生は除籍という学則に基づいており適正と考えている」と回答した。貧困問題や外国人問題に詳しい指宿昭一弁護士は「憲法で保障される教育を受ける権利の侵害にあたり、学問の府である大学であってはならないこと」と指摘する(東京新聞2024年3月28日)。
 この記事を読んだ読者18人が新聞社に、ほかにも9人が宇大生の代理人弁護士に寄付や支援の申し出があった。このうち1人が授業料全額分を負担することになった。
 メディアは続報を伝えた。
「この問題について、盛山正仁文部科学相もこの日の記者会見で「丁寧な説明を欠いた」としたが、宇都宮大は「学則にのっとったもので適正だった」(学生支援課)との立場を崩していない。女性への謝罪も「考えていない」という」(東京新聞2024年3月30日)。

 問題が4つある。
①「再判定」しなければわからなかった金額を放置したのは、大学側のミスである。これについて大学は非を認めていない。
②3週間以内で約44万円の納付を求めるのは酷すぎる。学生に納付能力がないことを想像できないのか。学生の事情を考慮し、納付期間の延期、分割を認めようとしない姿勢は悲しい。あまりにもお役所仕事である。もちろん、悪い意味で。「血も涙もない」「なんて冷徹な」と受け止められても仕方がない。
③宇大生は支援者によって授業料納付が可能になったあとでも、大学は「学則にのっとったもので適正だった」と業務を正当化した。しかも謝罪を「考えていない」。これからも十分に起こりうる話である。だが、今回のことを課題とせず、対応する意志がない。
④いま、大学は多様性が求められる。さまざまな階層、ジェンダー平等、そしてグローバル化だ。日本人学生よりも経済的、社会的苦労が多い在日外国人、外国人留学生がしっかり学べる環境づくりが必要だ。こうした問題を大学は蔑ろにしている。
 
 このフィリピン出身の宇大生が将来、母国に戻って政府高官、事業家、学者、芸術家になるかもしれない。国の指導者になることも考えられる。そんなとき、日本での生活を振り返ったとき授業料負担を申し出た日本人のやさしさ、あたたかさは忘れないだろう。同時に3週間で大金を求めた宇都宮大の冷たさも心の奥底に残ってしまう。これは悲しい。

 宇都宮大には国際学部があり、こう謳っている。
「21世紀が抱える課題はグローバル化の急速な進行により、非常に複雑なものになっています。資本の世界的展開、大量の労働力の国境を越える移動といったグローバル化と多文化化が急速に進む社会状況のなかで、格差の拡大、環境破壊、移民・難民問題、民族的・文化的衝突など前例のない課題が全世界的に生じています。(略)
 国際学部では、こうした要請に応えるために、また、世界の様々な地域の国際的分野で活躍するために、多文化共生に関する専門的な知識・技術に加えてチャレンジ精神や行動力等を兼ね備えた、「グローバルな実践力」を持った人材を育成します」(大学ウェブサイト)。
まず、「グローバルな実践力」を、宇都宮大の職員が身につけてほしい。

 キャンパスでの学びは学生を大きく成長させる。学生は無限の可能性を秘めているからだ。大学は、学生が思いっきり花開くであろう潜在性(ポテンシャル)に対して、どうかリスペクトを払ってほしい。個性、才能を摘んでしまうことはしないでほしい。これは学生を生活面で管理する職員に強く訴える。ルールを振りかざして学生の意欲を削いだり、将来性を閉ざしたりしないでいただきたい。
 この大学に進んだら、学生は伸びないどころか目が摘まれる、将来が閉ざされる、という風評が流れてしまったら、大学にとって致命的となる。
 大学は学生目線をとり続けること、学生をリスペクトすることを望んでやまない。

教育ジャーナリスト 小林哲夫:1960年神奈川県生まれ。教育ジャーナリスト、編集者。朝日新聞出版「大学ランキング」編集者(1994年~)、通信社出版局の契約社員を経て、1985年からフリーランスの記者、編集者。著書に『女子学生はどう闘ってきたのか』(サイゾー2020年)・『学校制服とは何か』(朝日新聞出版2020年)・『大学とオリンピック』(中央公論新社2020年)・『最新学校マップ』(河出書房新社2013年)・『高校紛争1969-1970 「闘争」の証言と歴史』(中公新書2012年)・『東大合格高校盛衰史』(光文社新書2009年)・『飛び入学』(日本経済新聞出版1999年)など。

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