大学・大学入試情報
東京大合格高校ランキング報道の舞台裏

毎年3月10日正午、東京大の合格者が発表される。
この日の午後5時すぎ、ネットでは複数の匿名配信者から東京大合格者高校ランキングが伝えられた。元ネタは教育情報会社の大学通信、インターエデューである。この2社は合格発表日の夕方に自らのウェブサイトで東京大の合格者高校ランキングの速報を配信している。すべての学校が掲載されているわけではない。だが、東京大合格高校に開成、灘、聖光学院、渋谷教育学園幕張などが並んでおり、合格発表からかなり早い時間帯で上位常連校の実績を知ることができた。
大学通信、インターエデューによる速報を、いわゆる学歴マニア、進学校ファンたちがコピペしてX、インスタグラムなどSNSで流す。それを見た者がSNSでさらに伝えてしまう。こうして難関大学合格高校ランキングがあっという間に拡散されてしまった。
この日の夜、「サンデー毎日」「アエラ」は大学通信調査をもとに、「東大合格者高校ランキング」記事掲載の最新号(以下、「東大号」)を制作し、校了を迎えた。翌日11日、印刷所から、版元の毎日新聞出版、朝日新聞出版に「東大号」が届く。その翌日12日には流通経路にのって全国の書店でいっせい発売となった。
東京大の合格発表から2日後には「東大号」が完成したのである。
なぜ、合格発表日当日に東京大合格者高校ランキングができあがり、その2日後に「サンデー毎日」「アエラ」の「東大号」が刊行することができるのだろうか。
大学通信の例で解説しよう。同社の業務の1つとして、大学の高校別合格者数、就職先などさまざまな情報を収集しメディアに提供することがある。
3月10日までに、大学通信には全国のおもな進学校からの合格者最新データが届いた。おもな進学校は大学通信から付与されたIDを通してパソコンの専用画面にアクセスし大学合格者数を打ち込む。いま、大学のウェブサイトで合格者の受験番号が公表されるので、学校は前もって教え子の受験番号を控えており、本人確認しなくても合否がわかる。浪人生の受験番号も学校は確認ずみだ。
3月10日、大学通信には合格発表の昼すぎから5時ごろまでのあいだに進学校の9割近いデータが集まった。こうして合格発表から中1日おいて「サンデー毎日」「アエラ」の「東大号」が世に出まわっていく、筑波大附属駒場高校など一部の進学校が数日遅れで合格者数を発表しており、その情報は翌週または翌々週の「東大号」に掲載される。
インターネットのない大むかし、メディアはどうやって東大合格者高校ランキングを作っていたのだろうか。その歴史を振り返ってみよう。
東京大の合格者情報の公表方法は次のように推移している。
(1)1949~1975年 氏名、出身校、出身校の所在地を公表。
(2)1976~1986年 出身校を非公表。氏名、出身校の所在地を公表(82~86年、氏名はカタカナ)、
(3)1987~1999年 出身校の所在地を非公表。氏名を公表(氏名は漢字に戻る)。
(4)2000年以降 氏名を非公表。受験番号のみ。
1975年までメディアは苦労せずにランキングを作っていた。公表された出身校の数を多い順に並べればいいのだから。
1976~1986年、合格者名から出身校を探りあてるしかなかった。
いまでは個人情報保護の観点から実現不可能な方法をとった。難関大学受験生が通う高校、予備校、通信添削会社、進学校などの資料をもとに東大受験生のリストを作った。模擬試験成績上位者、通信添削の受講者、学校内での成績優秀者などを組み合わせたものだ。当時、東大には一次試験があり、二次試験の1カ月前に合格者が発表される。一次試験合格者氏名と進学校や予備校などからの受験予定者リストとをすり合わせると、あらかた、合格しそうな受験生が浮かび上がる。開成、灘、筑波大学附属駒場などの進学校は現役、1浪組の東大合格者は、事前の情報からすぐに「当確」が打てる。
だが、これだけの情報では東大合格号の完成にはほど遠い。進学校ではない合格者の出身校を割り出すため、学校や自宅に電話をかけて合格者が本人かどうか確認していたのである。この作業は「名前割り」と呼ばれ、膨大な時間と人手がかかった。
具体的には、スタッフ、アルバイトが学校、個人に直接電話をして「○○さんは『東大を受けましたか』」とたずねる。めずらしい氏名の場合、NTTの分厚い電話帳で調べて連絡し本人かどうか確かめることもあった。何年も浪人していた人、これまで東大に合格者を出したことがない学校の出身者の名前割りはきわめて難しい。同姓同名の受験生から「本物」を特定するのは最難関課題だった。
1980年代、「サンデー毎日」編集長をつとめた福永平和氏がこう記している。
「受験者情報のインプットは1年がかり。デスク1人を専任にし、アルバイトも常時2人いる。前年暮れからは、アルバイトや編集部員の応援を繰り出し、最盛期の2月からはアルバイトも80人以上に膨れ上がる。発表の直前になると、大会議室に貸しフトンを持ち込んで2、3日は完全徹夜ということに」(『プレジデント』、92年10月号)。
気が遠くなるような作業である。
1987年、「週刊朝日」はネを上げてしまい、東大合格号から撤退した。同誌編集長がこう話す。
「最初のころこそ、合格者を100%割り出すことは、朝日の取材力を示すことでもあると考えたが、100%割り出しができ、取材として頂点に達したと判断した。入試制度も変わるし、このへんでエネルギーをもっと別のものに注ごうということです(略)命がけでこのネタを取ろうという取材者みょうりのある企画でないから、この仕事をしたいという志望者は編集部にはいなかった」(「日刊スポーツ」(87年2月9日)。
2000年以降 東京大は合格者氏名を非公表として、受験番号のみを発表した。その理由を大学はこう記している。「プライバシーに配慮してとりやめ、受験番号のみ掲示する」(東京大学新聞1999年12月21日)。
メディアにとって、完全にお手上げである。「名前割り」作業からのランキング作りはできなくなった。
そこで、大学通信とメディアが次に考えたのが高校への調査である。当初、公立高校で東京大合格者数をいっさい公表しないところがあった。受験競争に加担したくないという理由からだ。
だが、2000年代半ばからほぼすべて公表している。
その背景には石原慎太郎東京都知事、橋下徹大阪府知事の登場が大きかった。都立高校、府立高校が難関大学合格の目標値を示さなければならない。そのためには現状を公にする必要がある。
これによって、ほかの道府県の公立進学校も積極的に情報開示するようになった。私立高校は以前から大学合格実績を積極的に発表している。合格実績を広報として使い優秀な生徒を集めたいという思惑からだ。かつて公立は「学歴社会を助長する」と言って、こうした私立をひややかに見ていたが、そうも言っていられなくなる。所管する都道府県教委が難関大学合格実績をあげるように「指導」したからだ。そのために優秀な生徒がほしい。となれば合格実績をアピールするしかない。どこも必死となる。
なお、2010年代まで、大学通信は高校からファックスで合格者数情報を送ってもらったが、2010年代後半からネットでのやりとりに移行し、今日にいたっている。
2026年、東京大合格者数は開成高校の45年連続1位、京都大合格者数は北野高校の9年連続1位と伝えられた。「今年は○○高校が増加した」などと言う解説が記されるが、そのノリはスポーツ新聞そのものである。だが、関心は高い。
ただ、週刊誌が不調である。ネット情報に押されて売れ行き数は落ちるばかりだ。「サンデー毎日」のライバルだった「週刊朝日」は2023年に休刊し、「東大合格号」は「アエラ」に引っ越さざるを得なくなった。
これからはネットによって東京大合格高校ランキングが広く伝えられることになるだろう。40年以上紙媒体で仕事をしてきた者、学生時代に高校へ電話をかけて大学合格者を確認した者としてはさびしい。
教育ジャーナリスト 小林哲夫:1960年神奈川県生まれ。教育ジャーナリスト、編集者。朝日新聞出版「大学ランキング」編集者(1994年~)、通信社出版局の契約社員を経て、1985年からフリーランスの記者、編集者。著書に『女子学生はどう闘ってきたのか』(サイゾー2020年)・『学校制服とは何か』(朝日新聞出版2020年)・『大学とオリンピック』(中央公論新社2020年)・『最新学校マップ』(河出書房新社2013年)・『高校紛争1969-1970 「闘争」の証言と歴史』(中公新書2012年)・『東大合格高校盛衰史』(光文社新書2009年)・『飛び入学』(日本経済新聞出版1999年)・『予備校盛衰史』(NHK出版2026年)など。
