第59回 大学・大学入試情報コラム
新書はおもしろい。執筆者の大学教員をチェックしよう。
2023年6月
教育ジャーナリスト 小林哲夫
新型コロナウイルス感染拡大、ロシアのウクライナ侵攻、気候温暖化、物価高騰、少子高齢化、外国人の在留資格、ジェンダーと男女平等・・・・・・。
いま、わたしたちは多くの問題に直面している。こうした問題を読み解き、そして解決するためにはどうしたらいいか。まずは知りたい分野に関する基本的な知識を身につけなければならない。そのためには大学教員など専門家の知見が参考になる。
大学の役割は教育、研究、社会貢献の3つがある。大学教員が自分の専門分野をわかりやすく解説することも社会貢献の1つである。大学教員は出版物でさまざまな疑問に答えてくれる、考えるヒントを教えてくれる。わたしたちはそれを利用しない手はない。出版物といっても難解な用語が多い専門書は歯が立たない。
そこで参考にしたいのが、大学教員が専門分野をわかりやすく解説した入門書や啓蒙書だ。学び方を指南した実用書も出している。その多くは新書として刊行している。ハンディで手に取りやすい。安価なのもうれしい。
新書のなかには大御所が著した古典に含まれる。
2008年、中央公論新社主催で「新書大賞」がスタートした。同賞の上位作は話題となり、ベストセラーとなった。いくつか並べてみよう(所属は受賞時)。
『日本辺境論』(神戸女学院大・内田樹 新潮新書) 『生物と無生物のあいだ』(青山学院大・福岡伸一 講談社現代新書) 『ケーキの切れない非行少年たち』(立命館大・宮口幸治 新潮新書) 『教育格差』(早稲田大・松岡亮二 ちくま新書) 『社会を変えるには』(慶應義塾大・小熊英二 講談社現代新書) 『人新世の「資本論」』(大阪市立大・斎藤幸平 集英社新書) |
新書を量産してきた大学教員には本郷和人さん、吉見俊哉さんがいる。
2020年以降、彼らが刊行したおもな新書見てみよう。
本郷さんは東京大教授で、こんな新書を出してきた。
『日本史の法則』(河出新書) 『北条氏の時代』(文春新書) 『日本史を疑え』(文春新書) 『徳川家康という人 』(河出新書)』 『歴史学者という病 』(講談社現代新書) |
吉見さんも負けていない。吉見さんは2023年3月まで東京大教授だったが、4月に国学院大へ移った。
『大学は何処へ 未来への設計』(岩波新書) 『東京復興ならず』(中公新書) 『検証 コロナと五輪』(河出新書) 『東京裏返し 社会学的街歩きガイド』(集英社新書) |
新書ベストセラー作家が東京大に集まる傾向がある。
マルクス経済学、哲学、思想史、気候などに取り組む斎藤幸平さんは、2021年に『人新世の「資本論」』(集英社新書)を刊行し、50万部を超えた。『ゼロからの『資本論』(NHK新書)も売れ行き好調だ。
齋藤さんは1987年生まれ。ベルリン自由大、フンボルト大(以上、ドイツ)の大学院で研究生活を送る。2017年、大阪市立大准教授に就任する。2022年から東京大の教壇に立っている。
哲学者の國分功一郎さんは、2020年、東京工業大から東京大に移った。
最近では、『近代政治哲学――自然・主権・行政』(ちくま新書)、『はじめてのスピノザ 自由へのエチカ』(講談社現代新書)、『スピノザ――読む人の肖像 』(岩波新書)を出している。
新書を通じて社会に警鐘を鳴らす教員がいる。高橋洋一さん(嘉悦大)、森永卓郎さん(獨協大)、井手英策さん(慶應義塾大)、苅部直さん(東京大)、浜矩子さん(同志社大)、中島岳志さん(東京工業大)、白井聡さん(京都精華大)などだ。
温故知新。
2000年以前の大学教員によるベストセラー新書を見てみよう(著者、出版当時の所属大学、出版社)。
『日本の思想』(東京大・丸山真男、岩波新書)、 『論文の書き方』(学習院大・清水幾太郎、岩波新書) 『タテ社会の人間関係』(東京大・中根千枝、講談社現代新書) 『知的生活の方法』(上智大・渡部昇一、講談社現代新書) 『理科系の作文技術』(学習院大・木下是雄、中公新書) 『ゾウの時間、ネズミの時間』(東京工業大・本川達雄、中公新書) 『「超」整理法』(一橋大・野口悠紀雄、中公新書) |
これらは古典の部類にはいるといっていい。
大学入試の問題には新書の一節からよく出題される。
高校教師に「受験勉強のために役立つから」と言われ、仕方なく読んだ新書がめっぽうおもしろく、その執筆者が取り組む研究テーマを学べる大学を選んだ、という受験生がいる。
ほんのちょっとだけ関心があったテーマの新書を読んだらはまってしまい、その執筆者の教えをどうしても受けたいと思って、志望を変えた、という受験生がいる。
このような大学選びも悪くない、と思う。