第51回 大学・大学入試情報コラム

高校3年の1年間を予備校にするのは時代遅れである。                                                     2023年2月
教育ジャーナリスト 小林哲夫

 いまどきこんな受験指導を行っているのか、と驚いた学校がある。学校の名前は伏せておくが、中高一貫校のX高校、Y高校と記しておく。
 この学校のウェブサイトに掲載された進学指導方針である。
「中学3年から英数国は高校課程に入ります。高校受験がなく、また中学と高校の無駄な重複を省いているため、復習と演習に時間をかけ、高いレベルでの定着をはかります。高校2年の終わりまでには英数国の高校課程をほぼ終了します。高校3年では、入試問題を用いた実践的な演習授業を行います」。

 東大京大早慶など難関大学合格実績が高い私立中高一貫校の多くは、中学生から高校の教科書を使って学び、高校2年で高校の課程を終えてしまう。
 こういう先取り学習はかなり古い。1930年代、旧制第一高等学校(現、東京大)に合格させるために旧制東京府立第四中学(現、都立戸山高校)で採り入れられている。90年以上前の話だ。戦後、灘、開成などの進学校でも先取り学習は行われていた。
 これは私立中高一貫校の大きな売りであり、「高校受験」で無駄な時間を過ごさせない、という言い方をする。これは高校から公立高校に進むという進学ルートへのアンチテーゼになっている。高校受験はほんとうに「無駄」なのか。わたしはそう思わないが、ここでは触れない。

 私立中高一貫校としては、札幌南、日比谷、横浜翠嵐、旭丘、北野、岡山朝日、高松、修猷館、鶴丸など伝統的な公立高校がライバルとなる。これらは中高一貫校ではない。「無駄」な高校受験があり、高校2年で高校課程を修了させるようなことはしない。
 とくに新興の私立中高一貫校がこうした地域でトップクラスの進学校に勝つためには、「無駄」を省き、先取りしたくなる気持ちはわかる。
 しかし、X高校が次のようなアピールを掲げると興ざめしてしまう。違和感は拭えなかった。
「高3では大学受験にむけて実践的・応用的な教材を使用します。 一般的に、各予備校が浪人生に向けて行っている入試問題演習を、○○では学内で、現役生徒に向けて実施することができます。 また、センター試験後(1~2月)は、各生徒が受験する大学に合わせて、個別指導や大学別特訓を行います」(○○は校名)。

 高校3年は「予備校」と堂々宣言しているようなものだ。浪人向け授業を現役生に行っているという、生々しいホンネがむき出しになっている。
 高校3年という1年間を予備校と位置付けていいのか。
 たしかに3年は受験の準備で忙しい。しかし、予備校生で浪人を教えることと同じ感覚で3年生に授業をするのはいかがなものか。

 繰り返すが、私立中高一貫校では先取りは普通に行われている。高校3年は受験勉強に集中させる側面はある。しかし、課外活動、体育祭や文化祭など行事、修学(研修)旅行などを行う。18歳になるので成人となり、選挙権が与えられる。X高校のように、予備校と同じと訴えるような学校は少ない。高校は予備校ではないのだから、当たり前の話である。高校3年の1年間すべてを受験色に染めてしまうのは、いかがなものだろうか。
 しかし、残念ながら、高校が予備校的であることを望む風潮は否めない。それによって、難関大学合格実績が高まったという成果主義を示されれば、保護者は納得してしまう。
 
 もう1つ、受験勉強漬けの学校、Y高校を紹介しよう。ウェブサイトで教育方針をこう伝える。
「毎日、朝課外(7:40~8:20)、夕課外(16:30~17:30)を実施しています。課外は、授業と連動した分野の演習を中心に進めています。模擬試験前には、過去問などにも徹底的に取り組みます」。
 これだけではない。
「多くの生徒が22:30まで学校に残って学習しています。これを「ナイター学習」(18:30~22:30)といい、20年以上続く○○の伝統の一つです」(○○は校名)。
 朝7時40分から夜10時30まで、学校でひたすら勉強である。15時間弱、教室で机に向かう。家では寝るだけだろう。
 いま、甲子園をめざす野球部もここまで野球漬けする学校は皆無とは言えないが、かなり少なくなった。生徒の自主性、主体性を重んじるようになったからだ。

 かつてこれに近いムチャな受験指導をした学校があった。
 ふだん早朝と夕方以降に補習を行う、土曜日は夕方まで授業、夏休みや冬休みは講習会実施で2~3日しかない、という新興の私立中高一貫校である。
 その学校の校長はこう話してくれた。
「はじめはずいぶんムチャをして、そのおかげで東大京大に合格者を出した。この間、「受験少年院」と揶揄されたものです。いまではこんなムチャはしません。余裕を持って教育しています。難関大学合格実績ができたことで優秀な生徒が集まってきましたから」。
 これでは、進学校化するために最初の生徒に無理を強いた、もっといえば犠牲になったと言える。

 昨今、東大合格上位校の仲間入りしようとする学校のなかには、受験指導をずいぶんホンネで語り、実践しているところがいくつか見られる。朝7時台とか夕方5時以降とかに課外補習、夏休みや冬休みをつぶしての講習会などをアピールし、他校よりも授業時間数が多いことを自慢する。そして、高校3年の1年間は大学受験予備校と同じ、と公言する。ところが、東大をはじめ多くの難関大学では、入試で知識詰め込み型より多様な能力の発揮型の学生を受け入れようとしている。学校推薦型選抜、総合型選抜による選考が増えたのは、その証しだ。東大入試のためにみっちり鍛える、という指導方法は曲がり角にきているのではないか。高校時代、生徒1人ひとりがなにと向かい合い、どのようなことに取り組んできたかが、大学入試で問われる。少なくとも「受験勉強だけは力を入れました」では点数をつけようがない。
 高校3年の1年間を予備校にするのは、もはや時代遅れではないのか。

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