第21回 大学・大学入試情報コラム

私立の公立大学化は特効薬だが、効き目はいつまでもあるのか

2021年8月
教育ジャーナリスト 小林哲夫

 2022年、山口県周南市内の私立、徳山大学が公立化になる計画が進められている。
 旗振り役の1人でもある、藤井律子・周南市長は市議会で、「ブランド力を高め学費を抑えることで志願者が増加し、優秀な人材の確保や大学の質的向上が図られる」「地元進学先や受け皿の確保につながる」「安定的な学生の確保や国の地方交付税による財政措置で自律安定的な大学経営が可能となる」という旨の説明をした。
 あとは、市議会の判断を待つばかりであるが、「周南公立大学」という新校名案が出ており、やる気満々だ。

 藤井市長は公立大学化について会見でこう話している。
「藤井市長は報道陣の取材に対し、新しい大学名について「いままでの徳山大学のイメージを払拭(ふっしょく)したいという思いがあるか」との質問に、「市民の中には『いまの大学では』という声も少しあったので、それも改名にあたって頭の中にはあった」と述べた」(朝日新聞2021年7月)。

 とても失礼な質問である。徳山大の学生、OBOGにすれば気分の良い話ではない。
 だが、大学にすれば、愛校心や帰属意識を気にしてはいられないようだ。
 徳山大は経済、福祉情報学部の2学部構成だが、学生募集面で苦戦を強いられている。大学全体では定員割れを起こしてはいないが、学年によっては学生がちゃんと集まっていない。2020年、3年次定員280人に対して学生数は241人にとどまっている。経済学部定員230人で217人、福祉情報学部定員50人に24人となっている。

 このままでは運営方針を間違えると、大学の存続は厳しくなる。地元の周南市としては若年層が多い学生をしっかり確保したいので、何とかしたかったのだろう。
 そこで公立大学化案が浮上してきたわけだ。
じつは、この動きは全国的に見られている。2010年以降、各地で私立の公立大学化が進んだ。
2010年=名桜大(沖縄)
 2015年=公立鳥取環境大(鳥取)
 2014年=長岡造形大(新潟)
 2016年=福知山公立大(京都)、山陽小野田市立山口東京理科大(山口)
 2017年=長野大(長野)
 2018年=公立諏訪東京理科大(長野)
 2019年=公立千歳科学技術大(北海道)

 これらのなかには、私立大学のままだったら学生が集まらず募集停止を余儀なくされるところもあった。
 しかし、公立大学、つまり自治体のバックアップのおかげで、上記の大学は見事に持ちこたえたのである。私立大学時代に比べて志願者数が3倍以上増えた、予備校の入試偏差値が20ポイント以上上がった、という大学がある。

 長岡造形大の初年度納付金は私立大学時代に167万6000円だった。しかし、公立大学になって86万7000円。そのことによって、志願者、受験者の数は増えた。定員も十分に満たしている。受験者増で難易度も上がり、優秀な学生を集められた。

 なぜ、公立大学をめざすのか。
 ひとことで言えば、ブランド力がつくからである。受験業界では「国公立大学」と括られ、私立大学よりも一段上に見なされるフシがあった。首都圏では、東京大、一橋大が難しいのであれば、横浜国立大か埼玉大に、そこまで達しなければ首都大学東京か横浜市立大を選ぶ。関西でも京都府立大、大阪市立大、大阪府立大には、京都大、大阪大の不合格組の入学者は少なくない。
 もちろん、首都圏、関西圏では公立大学よりも早慶上智、関関同立を選ぶ学生は多い。だが、私立大学の難易度で中堅クラスと両方合格した場合、公立大学に進むケースは少なくない。地方では地元の優秀な学生が公立大学をめざし、実際、合格者の出身校には進学校が多い。

 それは、学生の進路でも示される。
 社会福祉士、精神保健福祉士、理学療法士、作業療法士の合格者数ランキングでは、私立大がずらりと上位を占める。しかし、合格率ランキングとなれば公立大が圧倒的に強い。社会福祉士の合格率は公立大学平均で59.5%、私立大学平均で21.4%である。この違いについて、高校教員が注視し、教え子には進路指導で公立大学をすすめることがよくある。

 一方、自治体にとってもありがたい話だ。
 大学をかかえる自治体にすれば、地域にある大学が廃校となった場合、地元の若者は大学進学先を求めて流出してしまう。若者が大学進学先としてこの自治体に集まらない。それだけ人口が減れば地元にお金が落ちない。
 また、大学が存在することで生み出された雇用が失われてしまう。大学の事務職、施設設備の保全、清掃、衛生管理、食堂、コンピューター管理などの仕事が、大学周辺に住む人々から奪われてしまう。
 さらに、大学から教養、専門分野の最新情報が発信できなくなり、地域住民の知的関心を満たす場がなくなってしまう。たとえば、市民向けの公開講座で古典や芸能、文学、外国語、コンピューターを学べなくなる。
 自治体が大学を失うことによって、地域の経済発展、文化育成の面で多大な影響を受けてしまう。
 公立大学の誕生は、自治体、ひいては地域住民にとっては救世主となった。

 私立の公立大学化は、地域、大学双方にとって万々歳なのであろうか。
 そう単純な話ではなさそうだ。とくに地域にはさまざまな波紋を投げかける。
 まず、地域=自治体の財政がたいそう圧迫されてしまう。地域住民の生活が最低限に保証されるような生活サポート、医療や教育や福祉面でのサービス、利便性が蔑ろにされないか。地方議会で語られる公立大学化反対意見には、大学より地域住民の生活を優先すべきではないかという理由が多い。

 また、地域=地元の高校からの入学が難しくなる。公立大学化で難関校になったことで他市、他都道府県の優秀な学生が集まってしまい、地元の高校から合格者が増えないという状況が起こった。これは卒業後の進路にも関わってくる、他地域からの入学者がその大学が所在する地域に就職しないという現状だ。公立大学化で入試が難関になったことで、これまでのような地域密着型の大学ではなくなる、ということだ。

 それでも学生募集で苦戦する大学は、公立大学化を望んでいる。
 2013年2月、旭川大(北海道旭川市)が旭川市に対し、同大学の公立大設置検討について協議するよう要望書を提出している。
 2014年11月、新潟産業大(新潟県柏崎市)の北原保雄学長は柏崎市に対して、公立大学法人に移行する要望書を送った。このときの会見で北原学長の談話である。
「受験生が激減し、このままでは廃校の可能性もある。足腰のしっかりした大学に変えていきたい」。
 この2校は、議会など地元の賛同を得られず、公立大学化の話は進んでいない。

 いまのところ、私立から公立になったことで失敗した大学はない。入試偏差値が上がって優秀な学生が集まった。私立時代には地元で著名な企業から見向きもされなかったが、公立大学というブランド力に惹かれて、求人の申し込みがいくつもあったという話を聞く。
 現金なものである。これまで私立だからといって地元の大学を大切にしてこなかった企業もどうかと思う。

 なるほど、私立の公立大学化は大学再建のための特効薬となっている。
 だが、副作用を起こす危険ははらんでいる。公立大学に肩入れしすぎて自治体財政が立ちゆかなくなったとき、手放す可能性もなくはない。公立大学化で破綻した自治体はまだ出てこないが、多くは赤字を抱えている。
 また、大学設置基準に反するような教育や施設で評判が悪い大学の延命策に、自治体が安易に手を貸してしまうこともあり得る。自治体は大学の健全性を見きわめられるだろうか。
 公立大学になっても教育内容に改善が見られないところがある。すぐにそれが見透かされてしまい、学生が集まらなくなることも十分あり得る。上記の大学で、学生の満足度が低く退学して、他大学に進んだというケースも聞くことができた。残念ながら・・・。
 公立大学というブランド力にぶら下がったままで、大学が創意工夫をしなければそっぽを向かれてしまう。公立大学化は志願者数増と偏差値向上をもたらす魔法の杖に見えるのは、最初のうちだけだ。なにもしなければ、魔法はすぐに解けてしまう。

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