第1回 大学・大学入試情報コラム

学校の制服についてコロナ禍&猛暑から考える

2020年10月
教育ジャーナリスト 小林哲夫

 2020年、多くの学校で1学期の大半は学校の構内に入れず、教室での授業を行うことができなかった。自宅でオンライン授業は受けるという形が3カ月ほど続いた。
 山梨県の私立山梨学院高校も7月に対面での授業を再開している。だが、その様子はいつもとはまったく異なっていた。生徒が私服で通学したのである。新型コロナウイルス感染防止のためだ。猛暑対策も兼ねている。
 たいていの家庭では制服は1着しかない。予備がないため頻繁に洗濯することはできない。夏季、ワイシャツの制服は毎日着続けるので汗や汚れがついたままになり、衛生な状態を保たれていない。感染予防上、リスキーである。そこで制服をやめてTシャツ、ポロシャツなどの通学を認めたのである。同校の校長は、メディアからの問い合わせにこう答えている。
「特に女の子はおしゃれを気にしたりとか、楽しみにしている子もいるので、これも新しい生活の仕方だと思う」(「FNNプライムオンライン」2020年6月8日)。
 岐阜県立加納高校も9月いっぱいは猛暑対策で私服通学が認められていた。
 もっとも、私服通学については、とくに「新しい生活の仕方」というわけではない。
 たとえば、東京のJR中央線国立駅から南へ15分ほど歩くと大通りを隔てて左手に都立国立高校、右手に私立桐朋高校が見える。両校は制服がないので、登校の時間帯になると、わりとカラフルな格好をした高校生が国立、桐朋の正門に吸い込まれていく(桐朋中学は制服着用)。
 国立も桐朋も、そして山梨学院も地元では進学校として知られている。制服がないということは多少、派手な服装を着ても許される。しかし、だからといって生徒が非行に走ったり、学業成績が下がったりするということはない。進学校界わいでは「制服の乱れは心の乱れ」という教育指導の常套句はあまり縁がないよう。
 全国に制服自由の学校がいくつかある。国立では筑波大附属、筑波大附属駒場、そして猛暑対策として夏季限定自由の金沢大附属がある。私立は麻布、女子学院、武蔵、灘、甲陽学院、東大寺学園、広島学院など。公立では札幌南、秋田、山形東、仙台一、仙台二、西、戸山、長野、松本深志、長岡、旭丘、天王寺などがある。
 東京大、京都大など難関校に生徒を送り込んでいる学校ばかりである。
 こうした学校が自校の生徒に対する信頼度が圧倒的に高い。私服通学でもバカなかっこうはしないだろう、多少はハメを外しても大学進学では元に戻ると心配していない。自由、自主自律(自立)、自治を掲げており、実際、そのように実践する生徒が多い。名門校、進学校であるという誇りがなせる余裕ともいえる。

 暑さ対策として校章付きTシャツを制服にしてはどうか。

 だが、こんな見方もできる。
 わたしは規則が厳しい私立男子校出身だった。1970年代のことである。進学校とはおよそかけ離れており、勉強が大嫌いでヤンチャ(当時はツッパリ)が多かった。大学進学は2割程度である。そんな高校生だった私からすれば、私服で通える学校がとてもうらやましかった。そうか、これは勉強ができて成績が良いことに対するご褒美なのか。特権とも思えた。裏を返せば、勉強ができなければ私服通学する権利はないということか。悲しいかな。「制服の乱れは心の乱れ」は勉強が苦手な生徒にあてはめられるのか、思ったものである。
 このような学校はたしかに勉強より、外見のヤンチャファッションを優先させる生徒が多かった。中ランか長ラン(丈がやたら長い詰襟)、ボンタンかドカン(腿のあたりがダボっと広がっているズボン)を着こなして、リーゼント髪型が崩れないようポマードを持ち歩いている。学校は手を焼いてツッパリ制服をやめさせるため、詰襟からブレザーにモデルチェンジしたところもいくつかあった。
 翻って2020年はどうなっているのか。
 いま、中ランとボンタンあるいはロングスカートで、ヤンチャさを競う、ことばを変えればケンカの強さを誇る、万引きや傷害など素行の悪さを威張るような高校生は見られない。2010年ぐらいまでは、腰パン(ズボンを下着が見えるぐらい低い位置まで下げる)、ミニスカートでヤンチャを示していたが、そんな姿もお目にかからなくなった。
 制服については学校側も生徒側も意識が変わった。時代は少子化である。学校は、生徒に選ばれるようにならなければならない。その1つとして、生徒が着たくなる制服を用意した。たとえば定員割れで廃校の危機にあった女子校が、タータンチェックのスカートへモデルチェンジして「かわいい」と評判が立った。入学者数はV字回復する、そして、大学進学実績も向上したと。そんなケースがいくつかあった。
 だからといって、制服と大学合格実績に因果関係はない。
 開成、桜蔭、渋谷教育学園幕張、洛南、西大和学園、久留米大附設などの超進学校はしっかり制服で通学している。これらは制服よりも伝統や進学実績で選ばれる学校だ。一方、私立中学受験で二番手、三番手と言われる学校のなかには、生徒が着たい制服を考えるところがある。
 むかし、学校の制服はたいてい経営者からトップダウンで決められた。いまはファッションショーや展示会を開催し、生徒に投票させて新制服を採用するというところも。
 悪くない話だ。生徒が制服について考える。私服を求める声もあがるかもしれない。
 いま、学習指導要領上のカリキュラムでは、そして大学入試においても、生徒に受け身ではなく自分の頭で考えることが求められている。なぜ制服が必要か、どんな制服が理想的か、について生徒自身が知恵を出し合う。すばらしいではないか。暑さ対策、感染症対策で衛生状態を維持するために、夏季は1着しかない数千円のワイシャツ制服で「着た切り雀」になるのではなく、300~500円ぐらいの廉価な校章付きTシャツを使い回してもいいだろう。
制服1つでも、生徒に考えさせてほしい。