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司法試験に合格した高校生たち――天才、秀才に求めたいこと

慶應義塾女子高校が法律事務所に見学ツアーを行っており、同校はその様子を次のように伝えている。
「西村あさひ法律事務所で活躍されている女子高OG4名を含む20名近い慶應OG・OBの方々とお話しする機会をいただき、取り扱う分野や仕事の進め方、大学での勉強など気になっていたことを質問できました。西村あさひ法律事務所は所属弁護士数が日本で最も多く、多様な分野を扱っているからこそ、それぞれが異なる専門性を持って働いていると知り、とても興味深かったです」(慶應義塾女子高校ウェブサイト2025年12月13日)。
西村あさひ法律事務所とは弁護士およそ800人を抱える大手であり、ビジネスに強く国内では四大事務所の1つとして数えられており、ブランド力が高い(ほか3つは、アンダーソン・毛利・友常法律事務所、森・濱田松本法律事務所、長島・大野・常松法律事務所)。
慶應義塾女子高校のような有名大学の附属系列校の生徒は、大学入試に向けた準備に日々追われることはない。高校3年間を有意義に過ごすことができる。法律事務所で実際の法律業務を見学するなど、幅広く知識や教養を身につけられる。こののびのび感は受験勉強を必要としないゆえの余裕といっていいだろう。
法律事務所見学で法律に興味を持ち、法曹の世界をめざす高校生が出てくるのは自然なことである。その場合、多くは大学法学部、法科大学院で法律を学んで司法試験合格に向けて準備をすると考えるだろうが、なかには早熟であり、とんでもない秀才がいる。
法律にすっかり魅了されてしまい、法律の勉強は大学入学まで待てない。高校在学中に取り組みたい。そして、司法試験に挑戦して合格したい、と考える高校生がいてもおかしくはない。
それをかなえた高校生がいた。
2025年11月、司法試験合格者が発表された。このなかに慶應義塾女子高校に在学している生徒が含まれている(文科省が校名を公表)。
司法試験の受験資格するにあたって学歴、年齢はいっさい問われない。次の3つのルートを経れば誰でも受けられる。大学法科大学院修了、法科大学院在学、予備試験合格である。
このうち、高校生に司法試験受験資格が与えられるのは、予備試験合格のみである。予備試験とは、経済的な理由などで法科大学院に入学できなかった者に対して法曹の道を開く制度であり、予備試験合格者には司法試験受験資格が与えられる。
法科大学院の学費は2年間の既修コースで150万円~350万円、3年間の未修者コースで220万円~500万円程度かかる。それゆえ、予備試験経由で法曹をめざす者も少なくない。時間も短縮できるからだ。だが、その分、かなり難関な試験となる。
2024年予備試験受験者数1万2569人、合格者数449人となっており、合格率はわずか3.6%だった。
2025年の司法試験受験者は3837人、合格者は1581人 合格率は41.20%だった。前記の3ルート別の受験者、合格者、合格率は次のようになる。
◆法科大学院修了者 2013人 411人 21.91%
◆法科大学院在学生 1352人 712人 52.66%
◆予備試験合格者 472人 428人 90.68%
●合計 3837人 1581人 41.20%
慶應義塾女子高校の生徒は、予備試験合格率3.6%という高いハードルを超え、予備試験合格者からの司法試験90.68%に含まれる。
とんでもない秀才、天才である。
高校生の司法試験合格者は、2004年法科大学開設によって2006年新司法試験がスタート(それに伴う2011年予備試験制度実施)以来、これで3人目だ(判明分のみ)。
◆仲西皓輝さん 灘高校2年で予備試験、同3年で司法試験合格(2022年)
◆早川惺さん 筑波大学附属駒場高校1年で予備試験。同2年で司法試験合格(2024年)
なお、高校3年で予備試験合格、大学1年で司法試験合格した人はこれまで3人わかっている。このうち2人は慶應義塾高校から、1人は慶應義塾志木高校から慶應義塾大法学部に進んでいる。
ここに紹介した慶應義塾女子高校、灘高校、筑波大学附属駒場高校、そして慶應義塾高校と慶應義塾志木高校出身の大学1年生3人を合わせた6人は、十代で司法試験に合格した。
これからも高校生が司法試験合格というロールモデルが増えれば、自分の頭脳に絶対的な自信を持っている人が挑戦するだろう。その結果、十代司法試験合格者をそう多くはないが、毎年数人現れると考えられる。
天賦の才が法曹の場で活かされるのであれば、歓迎したい。
一方で、あまりにも若すぎる法曹に一抹の不安も感じざるを得ない。
自然科学系で数学や物理の天才が高校時代に大学院レベルのテーマに取り組むのはいい。そこからノーベル賞クラスの研究成果が生まれるので、と期待できる。世のため、人のために頭脳が活かされるのはありがたい。
だが、法律は数学や物理とは違う。
法律はその人が傷つき大きなハンディを背負わなければならない深刻なトラブルを解決するために存在する。
法律はときにその政権の根幹を揺るがしかねない不正を問いただすために機能する。
人が生きていくために、国家が成り立つために、社会経験が不十分な若い法律家が法律を杓子定規に運用し、条文をこれまでの判例をよりどころに機械的にあてはめ法的判断することに懸念を覚えてしまう。
法律の条文を、数学の公式を覚えるように暗記すればいいというものではない。なぜ、このような法的判断が必要なのか。それを説明するためには、相当な社会性が求められる。それは幅広い教養、知識を身につけ、さまざまな人生経験を積んだ上で培われるものである、とわたしは考える。
社会性が十分に備わっていない、かなり若い世代、極端な場合は、十代に法的判断を任せていいのだろうか。
だからといって司法試験受験の資格として年齢制限を設けることには賛成しない。いまのままでいい。
司法試験合格者は司法修習所で法のあり方、法の運営を学ばなければならない。そのあと、裁判官、弁護士、検事の道を進む。そこで、司法修習所入所の年齢を学部卒業の22歳以上、あるいは大学院修士課程修了の25歳以上としてもいいのではないか。20歳前後の司法試験合格者には、法科大学院に通って模擬法廷で実務に近い知識を身につけてもいい。血の通った人間のよろこび、悲しみ、怒りを知ってほしい。さまざまな問題に向き合ってそして悩んでほしい。
少子化は法曹の世界にも及んでいる。司法試験受験者数は減少傾向にあり、2010年1万1127人→2015年9072人→2020年4226人→2025年3837人というように、かなり深刻な問題となっている。
法曹希望者は15年で三分の一以下に減ったが、合格者数は1500人台を推移しており、法曹界からは質的な面を懸念する声が出ている。一方で、高校時代から司法試験受験に取り組む若く優秀な人材が出てくることは、法曹界にすればとても嬉しい話だ。そういう観点からも、高校生、大学生1年生という十代での司法士試験合格者は悪い話ではない。
だが、彼らはすぐに法曹の世界に入らず、大学で社会と向き合い、さまざまなことを学び、経験してほしい。同級生とたくさん議論してほしい。天才、秀才ならば早ければ早いほうがいいという人材養成は、法曹の世界では馴染まないと、わたしは思う。
一方、法科大学院修了者は司法試験実績が奮わない。司法試験合格率21.91%はあまりにも低すぎる。
大学卒業後、法律の既修コース2年、未修コース3年で法律を学んだはずなのに、予備試験合格者に司法試験合格率でこれほど大差を付けられてしまうというのは、法曹養成システムとして法科大学院教育がしっかり機能していない、ということになる。
法曹関係者はもっと深刻に受け止めてほしい。
司法試験に合格した慶應義塾女子高校の生徒が、高校在学中に法律事務所を見学したかどうかはわからない。だが、法律に興味をもつ大きなきっかけは何かあったはずだ。
高校が生徒のために、さまざまな社会を知る機会を作る。とても良いことだ。
この高校生が、将来、法曹の世界で活躍されることを望んでやまない。
教育ジャーナリスト 小林哲夫:1960年神奈川県生まれ。教育ジャーナリスト、編集者。朝日新聞出版「大学ランキング」編集者(1994年~)、通信社出版局の契約社員を経て、1985年からフリーランスの記者、編集者。著書に『女子学生はどう闘ってきたのか』(サイゾー2020年)・『学校制服とは何か』(朝日新聞出版2020年)・『大学とオリンピック』(中央公論新社2020年)・『最新学校マップ』(河出書房新社2013年)・『高校紛争1969-1970 「闘争」の証言と歴史』(中公新書2012年)・『東大合格高校盛衰史』(光文社新書2009年)・『飛び入学』(日本経済新聞出版1999年)など。
