第91回 大学・大学入試情報コラム
「東大理三」「東大医学部」本の研究
2025年4月
教育ジャーナリスト 小林哲夫
東京大学理科三類(東大理三)あるいは東京大学医学部を冠した本が書店に並んでいる。
最新刊は『数学を武器にしてみよう! 東大理三・ミス東大が教える、誰でもできる勉強法』(PHP研究所 2025年)であり、数学の勉強法が示されている。
数学ができるようになるのは才能やセンスではなく地道な努力、といった旨の話が書かれており、受験生に安心感を抱かせ、あきらめない気概を持たせるなど、やる気を起こさせてくれる。
著者の上田彩瑛さんは四天王寺高校から現役で東大理三に合格した。「在学中、「ミス東大グランプリ」を受賞し、芸能活動を行っていた。彼女は今年、医師国家試験に合格、東大医学部を卒業して4月から研修医となった。
日本の大学入試において最難関である「理三」はなにかと注目される。
もっとも頭が良く勉強ができる人たち、俗っぽくいえば天才たち、秀才たちは、いつの時代でも羨望の的である。理三にはこういう優秀な人材が集まってくる。彼らはどんな勉強をしてきたのか。幼少時代から高校時代、どんな生活を送ってきたのか。親はどんな教育をしたのか。「理三生」から話を聞きたい。理三生が著した本にはこうしたことがギッシリ詰め込まれている―――からだろう。
上田さんの本には受験生への応援メッセージ、受験勉強への心構えが並んでいる。たとえば、「SNS断ち」したことが記されているが、このぐらいストイックにならなければ理三のような難関大学には合格できない、と受験生は受け止める。なるほど、大学受験に役立つ。
理三生が著した本(以下、「理三本」)はいつから生まれたのだろうか。
東京大に理三ができたのは1962年のことである。それ以前は文一、文二、理一、理二の4科類しかなく、東京大医学部へ進むためには理一、理二を修了する2年から、新たに医学部入学試験を受けなければならなかった。
最初の理三本は1966年刊行の『大学受験の秘訣 名門ラ・サール高校生の体験記』(学習図書出版社)だろう。本のタイトルには理三は記されていないが。著者名には「東大(理3)1年 盛岡康晃」とある。同書は勉強に対する姿勢、科目ごとの学び方がこまかく記されているが、理三そのものについてはまったく触れられていない。1973年卒業で故人だ。
その後、しばらく理三本は出ていない。
1980年代、理三が最難関として注目されるようになった。そのきっかけは灘高校である。定員90人のなかで20人以上、理三に送り出したことで、超難関のイメージがついてまわった。1980年23人、81年24人、84年20人、87年24人の合格者出している。最多は2013年の27人だ。
1986年、灘高校OBの和田秀樹さんが『試験に強い子がひきつる本 偏差値40でも東大に入れる驚異の和田式受験法88』(潮流出版)である。和田さんの著書は新版、改訂版、文庫化を含めれば800冊以上あるといわれている。
1985年、『東大理三』(データハウス社)が刊行される。理三入学者約30人の合格体験記が並んでいる。
1990年代から理三本がぼちぼち書棚に並び始めた。
『ドクター福井の開成流勉強術』(ワニブックス 1996年)の著者、福井一成さんは1955年生まれ。開成高校を経て1975年東大文二、76年に理三に合格した。福井さんは30年近くにわたって受験指南本を世に送ってきた。最新刊は2023年刊の『一発逆転マル秘裏ワザ勉強法』(エール出版)である。
2000年代、理三本に女性が加わった。
『東大脳の作り方』 (平凡社新書 2006年)の安川佳美さんは出版社への持ち込み企画が実現した形だ。10万部売れたという。この頃、理三合格者に桜蔭出身者が増え始めた。2000年5人、01年8人、03年6人、04年8人と、灘には及ばなかったが開成よりも多い年があった。安川さんも桜蔭OGである。彼女はその後、『東大医学部 – 医者はこうして作られる』(中央公論新社)、『東大病院研修医 – 駆け出し女医の激闘日記』(中央公論新社)の三部作を世に問うた。
『世界一わかりやすい東大受験完全攻略法』(双葉社、2005年)の著者、石井大地さんは開成高校出身であり、2作目の『東大合格・最新メソッド-開成トップ・理3現役生による』(幻冬舎、2006年)に、本のタイトルに「理3」が入った。石井さんは小説家としてデビューし、2011年、『クリスタル・ヴァリーに降りそそぐ灰』で文藝賞を受賞している。
2010年代、理三本がいっきに登場した。
在学中、起業した理三生が著書を通じて自分の思いを訴えている。
『東大医学部生が教える理三合格への道』 (エール出版 2011年)の著者、小橋哲之さんは一時、小橋塾を開いた。
『東大理III への道: 短時間で急激に成績を上げるコツ30』(小学館クリエイティブ 2014年)の岩波邦明さんはルイ・イーグルを設立した。「ゴースト暗算」を考案し、ゲームなども開発した。
『現役東大医学部生が教える最強の勉強法』(二見書房 2016年)の宇佐見天彗さんはペイ・フォワードを設立した。「地方と都会の教育格差を是正したい」という思いから、YouTubeチャンネルPASSLABOを開設している。
『現役東大生が教える 超コスパ勉強法』(彩図社 2019年)の著者、佐々木京聖さんは福島県立安積高校出身。「地方公立高校から東大理科三類に合格した」とアピールする。meracleを設立し、医師と医療の専門知識を必要とする企業をつなぐ事業などを手がけている。
『18歳のみちしるべ』(エール出版 2015年)の著者、水野遼さんは灘高校出身だ。理三在学中、司法試験、公認会計士試験に合格しており、現在は弁護士事務所を構えている。
2010年代は、テレビ番組で「東大クイズ王」が脚光を浴びる。出演者で東大理三、医学部在学中の河野玄斗さんは『東大医学部在学中に司法試験も一発合格した僕のやっている シンプルな勉強法』(KADOKAWA 2018年)、『東大No.1頭脳が教える 頭を鍛える5つの習慣』(三笠書房 2019年)を刊行した水上楓さんは開成高校時代、『全国高等学校クイズ選手権』で優勝している。
『東大医学部生が教える 本当に頭がいい人の勉強法』(二見書房 2017年)の著書、葛西祐美さんは都立高校から鉄緑会など専門塾に通わず、理三に合格した。彼女は「中国女子数学オリピック」で2連覇を果たし、天才数学女子大生として、バラエティ番組の『頭脳王』『さんまの東大方程式』などに出演している。
2020年代、YouTuberの理三生が受験生、「学歴おたく」から注目される。その代表的な人物が、ベテランちさんだ。彼は 『やる気ゼロでも灘→東大理III 他力本願勉強法』(KADOKAWA 2023年)を上梓したが、歌人という顔を持っている。東京大学Q短歌会に所属し青松輝という名前で短歌集『4』を刊行している。
そして、東大医学部出身の医師が理三生をモデルにした小説を発表した。幸村百理男さんの『東大理三の悪魔』(宝島社 2025年)だ。理三生の天才、秀才ぶりが描かれており、自然科学の最先端理論のやりとりを交えた巧みなストーリーに魅了される。幸村さんは沖縄、宮古島で眼科医を経営している。
東大理三の学生ってどんな人物なのだろう。理三生が説く勉強法からなにか学べることはないか―――こうした興味、関心によって理三本ができあがり、読まれていく。日本最高の頭脳の生き方を知りたい。そこからたいそう得られる話もあれば、天才あるいは強烈な努力家ならではのサクセスストーリーゆえ自分とはほど遠く参考にならない話もある。それを見きわめられるか、ということが理三本の存在価値なのかもしれない。
教育ジャーナリスト 小林哲夫:1960年神奈川県生まれ。教育ジャーナリスト、編集者。朝日新聞出版「大学ランキング」編集者(1994年~)、通信社出版局の契約社員を経て、1985年からフリーランスの記者、編集者。著書に『女子学生はどう闘ってきたのか』(サイゾー2020年)・『学校制服とは何か』(朝日新聞出版2020年)・『大学とオリンピック』(中央公論新社2020年)・『最新学校マップ』(河出書房新社2013年)・『高校紛争1969-1970 「闘争」の証言と歴史』(中公新書2012年)・『東大合格高校盛衰史』(光文社新書2009年)・『飛び入学』(日本経済新聞出版1999年)など。