第85回 大学・大学入試情報コラム

早慶の憂鬱。学生が関東圏集中。地方出身者を取り戻せるか。

2024年11月
教育ジャーナリスト 小林哲夫

 今年11月、こんな報道があり、SNSで話題になっている。
「早慶の合格者、4人に3人が東京圏出身(略)
 東京圏にある高校の合格者数の割合は、早大は09年度に63%だったが、24年度は76%と13ポイント増加。慶大も同様に62%から13ポイント増の75%になった。いずれも付属・系属校からの内部進学者数については非公開のため、実際の割合はこれより高く、80%近くになるとみられる」(毎日新聞2024年11月13日)。
 早稲田大、慶應義塾大の合格者は地方出身者が少なくなり、大学受験の世界では全国区ではなくなった、という話だ。
 
 早慶は長年、難易度で私立大学のトップに君臨し、全国の受験生から圧倒的な支持を得ていた。
 なかでも早稲田大に対する人気ぶりはすさまじかった。
 1989年、早稲田大の一般入試志願者は16万150人を数える。これは今日(2024年)まで破られていない空前絶後の数字だ。
 なお、2020年代、近畿大15万人を超える年はあったが、これは1人1回の受験で複数学科を受けられる「学部内併願方式」によるものでダブルカウントになり、実質的には10万人以下となっている。

 話を戻そう。
 早稲田大の入試志願者数は1987年から1992年まで15万人を超えていた。2024年は8万9420人であることを考えると、異常である。
 1990年前後、なぜ、早稲田大はこれほどまで熱い視線を送られていたのか。
 やはりバブルという時代背景がある。景気が良かったので、最難関の早稲田大の文系学部をすべて受ける、あるいは学力が届かないとわかっていても記念受験的に受けるなど、受験生をもつ親にゆとりがあった。「人生劇場」(尾崎士郎)、「青春の門」(五木寛之)に描かれた早稲田はかっこよかった。卒業、中退の政治家、芸能人、小説家も魅力的だった。高校生のあこがれの対象となり、ブランド力十分だった。
 こうした早稲田大人気を支えていたのが地方の受験生である。

 早稲田大合格高校上位50校には関東以外の学校は次のとおり(1989年、2024年)。
◆1989年 13校。
 千種(愛知)92人、愛光(愛媛)72人、岐阜(岐阜)65人、東海(愛知)60人、ラ・サール(鹿児島)55人、高岡(富山)50人、富山中部(富山)47人、大阪星光学院(大阪)47人、修道(広島)46人、新潟(新潟)45人、筑紫丘(福岡)45人、松本深志(長野)42人、修猷館(福岡)42人
◆2024年 1校
 東海(愛知)80人。
【関東以外上位100校では旭丘(愛知)68人、西大和学園(奈良)65人、浜松北(静岡)51人、静岡(静岡)45人、岡崎(愛知)43人】
 
 なるほど、地方の進学校から早稲田大合格者が減っていることがよくわかる。
 1989年と2024年を比べると、愛光は72人→21人、岐阜65人→34人、そして福岡勢の筑紫丘45人→23人、修猷館42人→24人と大きく減らしている。

 慶應義塾大も人気が高かった。おしゃれで洗練された慶應ボーイに魅了される高校生は地方にも少なくなかった。
 一般入試志願者がもっとも多かったのが、1990年の6万5839人である。慶應義塾大合格高校上位80校には関東以外の学校は次のとおり(1990年、2024年)
◆1990年 18校
 東海(愛知)83人、ラ・サール(鹿児島)83人、修道(広島)67人、広島学院(広島)57人、旭丘(愛知)49人、久留米大学附設(福岡)48人、千種(愛知)46人、大阪星光学院(大阪)42人、岐阜(岐阜)41人、高槻(大阪)34人、駿台甲府(山梨)33人、高岡(富山)32人、浜松北(静岡)32人、甲陽学院(兵庫)32人、広島大学附属(広島)32人、広島大学附属福山(広島)32人、高松(香川)32人、鶴丸(鹿児島)32人

◆2024年 4校
 東海(愛知)77人、西大和学園(奈良)50人、灘(兵庫)31人、洛南(京都)30人

 昨今、慶應義塾大も地方の中高一貫校で大きく数を減らしている。
 1990年と2024年を比べると、ラ・サール83人→27人、修道67人→7人、広島学院57人→16人、久留米大附設48人→22人。

 地方で早慶人気がいま1つなのには、①景気が悪く東京の大学へ通えない、②早慶にあこがれる受験生が減った、③地元に魅力的な大学ができた、④難易度が高すぎる、⑤早慶に入るため浪人したくない、などである。簡単にいえば、経済悪化、地元志向、浪人回避が早慶離れを起こした。

 早稲田大は、学校型推薦選抜、総合型選抜といった非一般入試の受け入れ枠を拡大した。これについて、総合型選抜では留学、ボランティアなど裕福で体験活動がしやすい関東圏の中高一貫校の生徒が有利になるという意見がある。
 これについて、早稲田大の田中愛治総長はこんな見方をしめしている。
「都市部は経済的に豊かな家庭で、小さい頃から塾通いができる子が多いかもしれませんが、経験が均質化しているかもしれない。逆に、地方出身者は都市部での生活では得にくい経験を基に、独自の視点を持てるでしょう。そうした生徒の背景を見いだすスキルを教員は持っていると自負しています」(毎日新聞2024年11月13日)。

 関東圏において学校そして塾は、総合型選抜対策として情報を集め生徒がうまくアピールできるような指導がしっかりしている。地方の公立高校はこうした「情報戦」に遅れをとっているのは否めない。一方、これらによって「経験が均質化している」という田中総長の杞憂は理解できる。
 ならば、早稲田大は「均質化」を改善する受け入れ方法を考えてほしい。
 2017年11月、早稲田大はダイバーシティ宣言を発表し、こう訴えている。
「性別、障がい、性的指向・性自認、国籍、エスニシティ、信条、年齢などにかかわらず、本学の構成員の誰もが、尊厳と多様な価値観や生き方を尊重され、各自の個性と能力を十分に発揮できる環境が必要です」。
 均質化とは正反対の多様化の追求だ。

 そのためには早稲田大そして慶應義塾大も、地方に目を向けるべきである。全国都道府県すべてに受け入れ地域枠を作ってもいい。早稲田大は大隈重信の出身地の佐賀県、慶應義塾大は福澤諭吉が生まれた大分県に特別受け入れ枠を設けてもいい。そして地方出身者に学生寮を無償で提供する。
 慶應義塾大は早稲田大よりも強い組織力を誇る同窓会=三田会を最大限に活用して、全国の一芸秀でた高校生を見つけ出したスカウトする。
 早慶には優秀なスタッフが揃っているはずだ。
 地方出身者を増やすために知恵をしぼってほしい。

教育ジャーナリスト 小林哲夫:1960年神奈川県生まれ。教育ジャーナリスト、編集者。朝日新聞出版「大学ランキング」編集者(1994年~)、通信社出版局の契約社員を経て、1985年からフリーランスの記者、編集者。著書に『女子学生はどう闘ってきたのか』(サイゾー2020年)・『学校制服とは何か』(朝日新聞出版2020年)・『大学とオリンピック』(中央公論新社2020年)・『最新学校マップ』(河出書房新社2013年)・『高校紛争1969-1970 「闘争」の証言と歴史』(中公新書2012年)・『東大合格高校盛衰史』(光文社新書2009年)・『飛び入学』(日本経済新聞出版1999年)など。

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