第83回 大学・大学入試情報コラム
文科大臣では軽量級であってはならない。存在感を示してほしい。
2024年10月
教育ジャーナリスト 小林哲夫
2024年9月、石破茂内閣が発足した。
新しい内閣誕生でいつも気になるのは、だれが文部科学大臣をつとめるか、である。
石破政権では阿部俊子さんが文科大臣のいすに座ることとなった。
阿部さんは宮城学院女子短期大、准看護師学校を経てアメリカに留学した。イリノイ州立大シカゴ校の大学院で「看護管理」で博士号を取得する。帰国後、群馬大、東京医科歯科大の教員として看護学を講じた。この間、日本看護協会副会長をつとめている。
2005年、国会議員となり現在、7期目を迎える。
阿部さんはその経歴から厚生労働省系の要職に就いてきたと思いきや、そうではない。外務大臣政務官、外務副大臣、衆議院外務委員長と外交畑が多かった。また、農林水産副大臣もつとめている。
阿部さんが文科省関係の政策に関わるのは、2023年12月、文部科学副大臣に就任してからだ。教育行政デビューから1年も経っておらず、素人感は否めない。
教育とは、知識や教養を授ける、専門技術を身につけさせる、そして常識や礼儀作法など人の道を説くなど、すぐれた人材を育成するためにたいそう重要な役割を果たす。その教育を管轄する国の文科省、そのトップである文科大臣にはしっかりした教育観が求められる。
阿部さんはまるきりゼロから文科省のトップになったわけではない。だが、長く教育問題に取り組み、論壇で日本の教育に一家言持っているというタイプとは違う。それゆえ、日本の教育の舵取りを任せていいのか、やや心許ない。
また、文科大臣にとってもっとも重要なのだが、ひとさまに教える立場の最高責任者という意味では当然、清廉潔白さが求められる。いまのところ、阿部さんに不祥事な問題は起こっていない。
なお、阿部さんの23年文科副大臣就任は、前任者の青山周平さんが政治資金パーティーをめぐる裏金問題で事実上更迭されたからだ。そのピンチヒッターである。悲しいことに文科副大臣の不祥事はこれだけではない。
2012年文部科学副大臣、16年に衆議院文部科学委員長をつとめた谷川弥一さんは、24年東京地検から政治資金規正法違反の罪で略式起訴されている。
また、21年に文部科学副大臣となった池田佳隆さんは、24年に政治資金規正法違反の疑いで東京地検に逮捕された。池田さんは日本教育再生機構理事となっており、将来、文科大臣を狙っていた、という話もある。
では、文科大臣は大丈夫なのか。
結論から言えば、ボロボロである。自民党が裏金問題で処分を下した党員のうち、文科大臣経験者(2000年代半ば以降)は次のとおり(政治資金の無記載、誤記載金額 処分内容)。
塩谷立さん=234万円 離党勧告
下村博文さん=476万円 党員資格停止1年
松野博一さん=1051万円 党役職停止1年
萩生田光一さん=2728万円 党役職停止1年
国民をどこまでなめているのだろうか。
こういう人たちが教育行政のトップに立っていたのかと思うと悲しい。
永田町では大臣について「主要」「軽量」という評価がなされることがある。財務大臣、経産大臣、外務大臣は主要として、当選回数が多く役職をたくさんこなしてきた議員が努めることが多い。総理大臣を狙えるポジションともいえる。それにくらべて、文科大臣、厚労大臣などは「軽量」扱いされることがある。
これらは省庁の力関係が反映されている。霞ヶ関ではなんと言っても国の予算を握る財務省が強大な権力を握る。文科省が教育に国費を投じたくても財務省が首をタテにふらない限り、かなわない話だ。たとえば、文科省が大学授業料無償化政策を考えたところで、財務省から「その財源はどうするのか」と一蹴されてしまう。
ここで文字どおり政治の出番だ。
文科大臣が省内をまとめ大学授業料無償化政策を打ち出す。財務大臣から支持をとりつけ財務省内の「守旧派」官僚を黙らせる。
そんな芸当ができる文科大臣を教育現場は待ち望んでいるはずだ。
それゆえ、文科大臣というポストを「大臣ならばどこでもいい」と名誉と見栄を気にする政治家には渡してほしくないものだ。
いや、大臣は政治家が必須条件ではなく、教育問題に精通する民間人でもなれる。
2001年小泉内閣で遠山敦子さんが民間人初の文科大臣として就任した。遠山さんは1962年に東京大を卒業して、文部省(当時)で女性初のキャリアとして入省する。初中等教育局で課長職などのキャリを積み、文化庁次長、教育助成局長、高等教育局長、文化庁長官、文部省顧問などを歴任した。小中学校高校、大学などのさまざまな課題に取り組み、教育行政ではプロ中のプロである。
遠山さんは文科大臣就任期間中、「大学(国立大学)の構造改革の方針―活力に富み国際競争力のある国公私立大学づくりの一環として」を打ち出し、国公立大学の法人化や統廃合を進めた。その政策は、大臣の名前をとって「遠山プラン」と言われていた。
昨今の教育行政を振り返る上で、遠山さんほど力量を発揮した文科大臣はいなかった。
さて、石破内閣の阿部文科大臣である。遠山さんのような教育観、行政の舵取りを期待するのはむずかしい。
それゆえ、まずはできる限り、学校、大学の教育現場から切実なる声をくみ取っていただきたい。文科省官僚の意見をしっかり聞いてほしい。財務省の言いなりにならないでほしい。できれば、学者、ジャーナリストなど教育問題に詳しい専門家をブレーンにして多くの知見を集めてもらいたい。
少子化が進んでいる。教育機関の多くはこれから危機的な状況を迎える。募集停止が増え、それに伴い小中学校、高校、大学の統廃合という整備が必要になろう。文科大臣にはアイデア、リーダーシップが求められる。
それゆえ文科大臣は重要な役割を果たす。決して軽量級ではない。出世のための腰掛けであってはならない。まして裏金など犯罪まがいな行為は論外である。
文科大臣の存在感を思いっきり示してほしい。
教育ジャーナリスト 小林哲夫:1960年神奈川県生まれ。教育ジャーナリスト、編集者。朝日新聞出版「大学ランキング」編集者(1994年~)、通信社出版局の契約社員を経て、1985年からフリーランスの記者、編集者。著書に『女子学生はどう闘ってきたのか』(サイゾー2020年)・『学校制服とは何か』(朝日新聞出版2020年)・『大学とオリンピック』(中央公論新社2020年)・『最新学校マップ』(河出書房新社2013年)・『高校紛争1969-1970 「闘争」の証言と歴史』(中公新書2012年)・『東大合格高校盛衰史』(光文社新書2009年)・『飛び入学』(日本経済新聞出版1999年)など。