第80回 大学・大学入試情報コラム

農学部がおもしろい。どんどん進化している。

2024年8月
教育ジャーナリスト 小林哲夫

 最近、農学系の学部が好調だ。農学部、生命科学部など高校生から注目を浴びている。
 実際、農学系の志願者数が安定または増加傾向にある。
 駿台予備学校調査を紹介しよう。農・水産系学部の志願者数の推移で、前年度を100としたときの指数を22、23、24年度で示した。
◆国公立大学
 22年度=108 23年年度=102 24年度=98
◆私立大学
 22年度=101 23年年度=103 24年度=103

 大学入試用語で隔年傾向という言葉がある。その年の志願者が多い場合、次の年は少なくなる現象だ。受験生心理として、前年より倍率が高い大学、学部を避けて受かりやすいところを探す。一方で前年より倍率が低い大学、学部は合格可能性が高いと思って受験する。この繰り返しで、1年おきに志願者が増えたり、減ったりする。
 ところが、農学部系は違った。国立大学で23年度から24年度に減らしているが、私立大学は増えており、国公私立大学全体からみれば農学部系は増えており、絶好調といっていいだろう。

 農学部はその名から、「This is農業」と思われがちだ。畑仕事が多く土まみれになりながら、新しい農作物生成、肥料の研究をする、そんなイメージを抱かれる。
 実際、2000年代まで学科名は、農学科、林学科、農芸化学科などが主流だった。
 しかし、2020年代の農学部は、従来の「農」だけではとてもカバーできない分野を学ぶことができる。

 農学部系はおおまかに次の分野に分けることができる。
①農学 農作物を作るところから、人々が食べるところまで学ぶ。農作物の栽培技術、検査、流通、販売などだ。作物学、食物育種学、食物生理学、食物病理学、昆虫学などがある。
②農芸化学
 生物の生命現象を研究する。生物が作る物質を化学的に分析する。
③農業工学
 耕耘機、コンバイン、トラクター、機具などの開発に取り組む。岡山大農学部生物生産システム工学研究室では、農業ロボットの開発に取り組む。
④農業経済学
 産業の観点から農業にアプローチし、農作物の流通、取引、販売などを学ぶ。東北大は農業経済学講座では、環境経済学、地域資源計画学、国際開発学、農業経営学の4研究室に分かれている。
⑤畜産学
 動物の畜産利用に関わるテーマを学ぶ。
⑥林学
 森林の誕生、保護、再生を学び、木材など資源の有効利用を追究する。鹿児島大農学部 農林環境科学科の森林コースでは、育林学、森林計画学、森林政策学、森林保護学、木質資源利用学などの研究室に分かれる。
⑦造園学
 緑化工学、緑地環境学科、環境デザイン学などを学ぶ。

 このあたりまでは従来の農学部で学んできたことだ。

 ここから先はこれまでの農学の範疇を超えているといっていい。
⑧生命科学、応用生命化学
 理学部、医療系学部マターだが、最近の傾向として農学部の一分野となっている。東京農工大農学部応用生物科学科では、微生物、動物、植物などの生命機能を化学や生物学を基盤として深く探究する。
⑨食品栄養学、食生命科学
 こちらは家政系、人間科学、栄養系学部の領域だが、農学から食にアプローチする大学が増えている。東海大農学部食生命科学科の「食品加工基礎実習」ではソーセージを製造する。「この実習では原料肉の整形、塩漬・熟成、肉挽き、混合、充填、乾燥・燻煙、湯煮・蒸煮、冷却・包装といった一連の作業を学ぶとともに、発色剤や酸化防止剤、調味料、結着補助剤などの添加物の役割について理解を深めます」(東海大ウェブサイト)。
 玉川大農学部先端食農学科では、未来の食料生産技術や食品の機能、食品生産加工技術について学ぶ。たとえば、未来型食料生産システムとして、LEDを用いて野菜を生産する「LED農園」、海産物を陸上で養殖する「アクア・アグリステーション」など、大型の実習施設があり、これら利用しながら食料生産のしくみを体験的に学ぶ。
⑩地球環境工学、生命環境工学
 工学部のテーマである。だが、農学からのアプローチもできる。弘前大農学生命科学部地球環境工学では「工学の目からみた “地域づくり” と農学の目からみた “地域環境の整備・保全” を考える」とうたい、農業土木技術者の育成を掲げている。
⑪資源生物科学、応用生物科学
 生物系の理学部的な内容だが、農学と密接につながるところがおもしろい。名古屋大農学部資源生物科学科では、哺乳類や鳥類の体のしくみ、魚類や昆虫に特徴的な機能、異なる生物間の相互作用などを解明する
⑫海洋生物環境学、
 水産系学部の領域である。宮崎大農学部海洋生物環境学科では、海洋生物分類学、海洋生物遺伝学、魚類学、魚類生理学、水域生物生理学などに取り組む。

 大学の農学はなぜこれほどすそ野が広がったのだろうか。
 世界中で掲げられているSDGs(Sustainable Development Goals)が大きい。これは2015年、国連総会が掲げた「持続可能な開発目標」を意味している。国連は貧困、戦争、格差、差別、環境破壊、気候変動などのさまざまな問題を根本的に解決するために17の国際目標を示した。すべての人たちがしあわせに生活できる社会を作るための指針である。

 このSDGsのなかには、農学および農学と関係する分野のテーマがいくつかある。
 たとえば、「飢餓をゼロに」は栄養のある十分な食事を確保するために、持続可能な農業をすすめる。「海の豊かさを守る」は海洋汚染を防ぎ、海の生態系に悪影響を与えないよう、健全で生産的で持続可能な海洋、および生態系の保護と回復を目ざす。「陸の豊かさを守る」は陸の生態系を守る、森林をきちんと管理し砂漠化に対処し、森林破壊や土地の劣化を防ぎ再生させる。「住み続けられるまちづくりを」では植物の成育などを生かして洪水などの災害を備える。「つくる責任 つかう責任」では、食品廃棄量を全体で半分に減らす、化学物質や廃棄物を大気・水・土壌に流れ出すことを食い止める―――などだ。

 SDGsの実現のためには、農学分野で具体的にどのように関わっているか。
 近畿大学農学部農業生産科学科の飯嶋盛雄教授は「飢餓をゼロに」につながるテーマを研究している。気候変動によって、将来、世界各地で洪水と干ばつが頻発することが予想される、そこで飢餓状態になることを防ぐために、飯嶋教授は農業を見直すことで食糧問題の解決を提案する。飯嶋教授はこう話す。
「異種作物の根系を密に絡み合わせた接触混植により、洪水環境では水田作物が畑作物に酸素を与え、干ばつ環境では畑作物が水田作物に水を与える。そういう、作物同士がお互いを助け合う仕組みを強化することにより、洪水と干ばつの両者が交互に発生するような環境でも一定の作物生産が得られるような農法を提案することを目指しています」(大学ウェブサイト)。
 実際、アフリカの砂漠国ナミビアでは、主食であるイネ科穀物同士の接触混植を広げている。

 なるほど、なかなか魅力的で学びがいがありそうだ。農学の守備範囲の広さは、昨今、女子高校生をおおいに魅了している
 農学部系は2000年代ぐらいまで女子比率は3割程度だった。いまでは男女半々に近いところが少なくない。
 大学農学部の女子学生数、女子学生比率は次のとおり(無印は2024年度、*印は2023年度)。
 明治大1,190人(49.4%)*
 新潟大377人(49.5%)*
 龍谷大783人(42.5%)*
 大阪公立大231人(49.5%)
 鳥取大589人(51.4%)
 九州大420人(42.5%) 

 農学部がおもしろい。どんどん進化している。
 一度、農学部をじっくり観察することをおすすめしたい。

教育ジャーナリスト 小林哲夫:1960年神奈川県生まれ。教育ジャーナリスト、編集者。朝日新聞出版「大学ランキング」編集者(1994年~)、通信社出版局の契約社員を経て、1985年からフリーランスの記者、編集者。著書に『女子学生はどう闘ってきたのか』(サイゾー2020年)・『学校制服とは何か』(朝日新聞出版2020年)・『大学とオリンピック』(中央公論新社2020年)・『最新学校マップ』(河出書房新社2013年)・『高校紛争1969-1970 「闘争」の証言と歴史』(中公新書2012年)・『東大合格高校盛衰史』(光文社新書2009年)・『飛び入学』(日本経済新聞出版1999年)など。

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