第77回 大学・大学入試情報コラム

パレスチナに関する学長声明を読み解く。
戦争反対を訴える学生を誇りに思ってほしい。

2024年6月
教育ジャーナリスト 小林哲夫

 2024年 5月、上智大の曄道佳明(てるみち・よしあき)学長は次のような声明を出した。
 「教皇フランシスコのメッセージにもあるように、国際社会はパレスチナ・ガザ地区に起きている人々の非人道的な状態に極めて大きな憂いと憤りを抱いています。上智大学は、武力行使によって引き起こされる全ての人権侵害に反対するとともに、即時停戦と、人間の尊厳に基づく当該地域の人々の生活の回復、安全を求めます」(2024年5月28日)。

 読み解いてみよう。「パレスチナ・ガザ地区に起きている人々の非人道的な状態」は、イスラエルのガザ地区攻撃によって引き起こされたものだ。それについて。曄道学長は「大きな憂いと憤り」を持った。
 つまり、上智大トップはイスラエルを批判したことになる。
 駐日パレスチナ常駐総代表部はXで謝意を示している。
 「上智大学の皆様ありがとうございます」(5月29日)。

 この声明については、さまざまな意見があった。
 上智大でパレスチナ連帯を訴える学生(「Sophians for Palestine」)はこう受け止めた。「上智大学が出したのは、哀れな声明文だけでした。どうか明日、一緒に声を上げて来てください。上智大学がテルアビブ大学との関係を断ち、パレスチナが自由になるまで、私たちの努力は報われません」(5月28日)。
 上智大はイスラエルの大学と関係を断たないかぎり、評価できないというものだ。
 一方、歓迎する声もあった。
 国際基督教大(ICU)の立て看同好会学生はXでこう発信した
 「・明確にNOを述べている。・パレスチナでの人道危機と明文化している。・即時停戦を求めている。当たり前なことだけど、素晴らしい」(5月29日)

 パレスチナ関連について、いくつかの大学学長が声明を出している。
 しかし、イスラエル側を批判するものはほとんど見かけない。多くの学長は、2022年10月、ハマスがイスラエルを攻撃した、ということから、双方に責任があるという見方をとっているからだ。
 イスラエルとパレスチナは戦争をやめなさい。互いに民間人を殺傷する攻撃は双方に責任がある、といった「どっちもどっち」論というスタンスだ。

 龍谷大の入澤崇学長の声明はその典型だろう。
 「この度のパレスチナ武装集団ハマスのイスラエルへの攻撃そしてイスラエルのパレスチナへの報復攻撃に対し、深い憂慮の念をおぼえます。犠牲になられたすべての方々に私たちの悲しみと哀悼の誠を捧げます。 戦争は最大の暴力です。人の命を無視した暴力行為は断じて許されるものではありません。戦闘行為が激化し、分断と対立が世界に拡がることを恐れます。いま人類に必要なのは強い「非戦」の覚悟です。殺戮と破壊を繰り返す戦争に何の意味があるのでしょう。ただ死者の数だけがカウントされる戦争に何の意味があるのでしょう。戦争は途方もない悲しみを残すだけです。「非戦」に重きをおく社会を構築しない限り平和の実現はあり得ません。人類が破滅の道を辿ることがないよう「叡智」を結集すべき時です。龍谷大学は安穏な世の中を形成すべく、広く「非戦」を訴えます」(2023年10月12日)。
 ここには、パレスチナが長年おかれた歴史に対する言及がない。もっといえば、イスラエルがパレスチナの人たちの生活を奪ったことが不問に付されている。

 慶應義塾大の伊藤公平塾長は、戦争当事国への言及を避けた。
 「2023年10月7日のハマスによるイスラエル大規模攻撃以来、世界の多くの大学が人権重視の姿勢を鮮明にしています。大学の宝は表現の自由、学問の自由、人権の最重視といったリベラル精神と民主主義の追求であり、独立自尊を重んじる慶應義塾も同じ立場であることは言うまでもありません。人種・民族にかかわらず人権を最大限に尊重し、平和で協調的な社会を追求するための学問を進めることが私たち大学の使命です」。
 戦争という出来事が人権を蹂躙するものである。大学は人権を尊重し平和を追求しなければならない。慶應義塾大はこの姿勢を貫く―――ということが、いちばん言いたかったポイントであろう。この声明からは戦争で多くを失ったパレスチナの人たちの姿は見えない。

 イスラエルの軍事作戦に触れた内容があった。
 長崎大の永安武学長は次のように発信している。
 「イスラエルは核不拡散条約(NPT)に入らないまま、事実上の核保有国とみられている。そのイスラエルの閣僚が、ガザ地区への核兵器の使用を「選択肢」の一つと発言した。「長崎を最後の被爆地に」との長崎の切望と決意を踏みにじるものであり、強い憤りを覚える。
 長崎大学は、過去の「宗教や科学における非人道的な負の遺産」に学びながら、「人々が『平和』に共存する世界を実現するという積極的な意志の下に教育・研究を行う」ことを大学の「基本的目標」とし、さらにプラネタリーヘルスの実現のアプローチの一つとしてグローバルリスクの研究とその成果を社会に提言していくことを使命としている。これらを原点とし、本声明を発するものである」(2023年11月9日)。
 被爆地にある大学として、核兵器使用と関連づけて批判するのは当然である。

 群馬大の石崎泰樹学長は、2022年ロシアのウクライナ侵攻に抗議したことを伝えたが・・・・。
 「群馬大学は、ロシアによるウクライナ侵攻の際、「言葉が大きな力となり、平和が回復し、無辜の人々が傷つくことが無い日が一日も早く来ること」を願って、強い抗議の言葉を発しました。群馬大学は、今回のガザ地区での紛争に際し、多くの子どもを含む無辜の人々に対する人道的支援を円滑に進めるための人道的停戦と、すべての人質の解放を強く求めます」(2023年11月20日)。
 イスラエルに「強い抗議の言葉を発し」てはいない。

 ロシアがウクライナに侵攻した際、大学の学長はこぞってロシア批判声明を題している。
 第35回 大学・大学入試情報コラム
 北海道大、北星学園大、酪農学園大、東北大、東北学院大、国際教養大、福島大、東京大、青山学院大、慶應義塾大、国際基督教大、駒澤大、専修大、東京基督教大、東洋大、明治大、立教大、早稲田大、 新潟県立大、日本福祉大、朝日大、京都大、京都市立芸術大、京都産業大、京都精華大、龍谷大、大阪市立大、大阪観光大、関西大、関西国際大、広島女学院大、九州大、西南学院大などだ。

 しかし、上記の大学ではイスラエルを批判した学長声明を出していない。
 たとえば、明治大の大六野耕作学長はロシアのウクライナ侵攻について、こんな声明を出した。
 「「権利自由」「独立自治」を建学の理念とする本学は、ウクライナ国民の権利自由を無視し、ウクライナの独立自治を力でねじ伏せようとするロシア政府の今回の侵攻を到底許容することができません。ロシア政府には直ちに戦闘を停止し、交渉を通じて平和的な解決を図るよう強く要望します。また、ロシアの軍事侵攻に反対するウクライナ国民、ロシア国民、さらには世界の人々との連帯を表明します」(2022年3月2日)。
 これについて、パレスチナに連帯する明治大学学生有志は、学長に向けて要求書でこう批判している。
 「現在進行中のイスラエルによる武力行使は明白な国際法違反です。しかし、明治大学は未だイスラエルによる軍事侵攻に対して声明を出しておらず、これはダブルスタンダードであると断言します」。
 そして、次のように要請した。
 「明治大学はイスラエルのパレスチナへの軍事侵攻に対して声明を発出すること」「明治大学はイスラエル工科大学との協力協定を破棄すること」など。

 前述の国際基督教大(ICU)の学生有志もSNSでダブルスタンダードを批判している。同大の学長は学内限定公開の声明文「パレスチナ・イスラエル問題に関する大学の態度表明について」と出して、一方の国や地域を支持するととられかねない声明を大学として出すことは今後ない―――ということが記されていた。
 これにはICUの学生有志は納得できず、学長に次のような要求を行っている。
①現在、パレスチナのガザ地区でイスラエル軍が行っていることをジェノサイドであると認識し、強く非難する。
②ICUの利害関係者に対し、イスラエル政府の行いへの抵抗および経済制裁を呼びかける。
③特定の国家や政権に対する批判と、特定の人種・民族へのヘイトスピーチとの混同を断固として拒否する。

 いま、大学の姿勢が問われている。大学の思想と言いかえてもいい。
 イスラエルのパレスチナに対する強硬な姿勢について、世界各国で批判の輪が広がっている大学生の間でパレスチナ連帯の声が高まっている。
 日本の大学はイスラエルに対してどのような意志表示ができるか。注目したい。ロシアのウクライナ侵攻時、日本の大学はロシアの大学と提携しているところでも批判してきた。しかし、イスラエルには沈黙している。その理由をなかなか示してはくれない。これではダブルスタンダードと批判されても仕方がない。

 戦争を止めるには、世界中で声をあげることが重要だ。大学はその拠点となりうる。なぜなら、学問の目的には人権の尊重、平和の追求が込められているからだ。もっといえば、大学は戦争ともっとも縁遠いとことにある。だから、大学で軍事兵器を作ることが問題になる。
 学長先生にお願いしたい。
 戦争を止める方法を考えてほしい。
 戦争反対を訴える学生を誇りに思ってほしい。

教育ジャーナリスト 小林哲夫:1960年神奈川県生まれ。教育ジャーナリスト、編集者。朝日新聞出版「大学ランキング」編集者(1994年~)、通信社出版局の契約社員を経て、1985年からフリーランスの記者、編集者。著書に『女子学生はどう闘ってきたのか』(サイゾー2020年)・『学校制服とは何か』(朝日新聞出版2020年)・『大学とオリンピック』(中央公論新社2020年)・『最新学校マップ』(河出書房新社2013年)・『高校紛争1969-1970 「闘争」の証言と歴史』(中公新書2012年)・『東大合格高校盛衰史』(光文社新書2009年)・『飛び入学』(日本経済新聞出版1999年)など。

第77回 大学・大学入試情報コラム” に対して1件のコメントがあります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です