第35回 大学・大学入試情報コラム
学長がロシアのウクライナ侵攻を非難。
大学の品格が示される。
2022年3月
教育ジャーナリスト 小林哲夫
ロシアがウクライナに侵攻してから1カ月以上経った。
この間、日本の大学が学長声明としてロシアを非難している。ざっと数えると、50を超えるだろか(以下、大学ウェブサイトから発信)。
関西学院大の村田治学長がこう発信している。
「関西学院大学は、“Mastery for Serviceを体現する世界市民”の育成を目指し、キリスト教主義の大学として常に人々の平和と幸福を希求してきました。それ故に、自らの主張を通す手段としての武力行使を認めません。この戦闘の即時停止と、対話による速やかな平和的解決を強く求めます。私たちは、戦争ではなく平和を祈願し、実現する者でありたいと願います」(3月4日)。
キリスト教系は熱心に説いていた。たとえば、聖学院大学の清水正之学長は力強いメッセージを送っている。
「聖学院大学を代表して、ロシアによるウクライナ侵攻を強く非難するとともに、ロシアが即座に軍事行動を停止し、ウクライナから全ての兵を撤退させることを求めます。このたびの軍事侵攻は武力による一方的な現状変更を目指すものであり、国家主権への暴力的侵害です。重大な国連憲章違反でもあります」(3月2日)。
ほかにキリスト教系では北星学園大、酪農学園大、東北学院大、東京基督教大、立教大、 広島女学院大など、また、学校法人として青山学院大、西南学院大などが戦争反対の声明を出した。
宗教系大学は平和を追究し、愛、命を大切にする教え繰り広げる。
仏教系大学も黙っていなかった。
駒澤大学の各務洋子学長はこう訴えた。
「「仏教の教えと禅の精神」を建学の理念に掲げ、「智慧(物事を見極める判断力)」と「慈悲(他者への慈しみといたわり)」を一身に具える人材の養成を目的に教育・研究活動を行っている本学は、すべての生きとし生けるものにとって、命は等しく尊く、かけがえのないものとして考えています。その尊い命を奪い合う行為に憤りを覚えるとともに一刻も早く平和がもたらされることを願ってやみません。(略)。「武力行使」は、如何なる理由があっても容認することはできません」(3月8日)
として、いかなる戦争も許すことはできない、という立場だ。
仏教系でもっとも熱心だったのが龍谷大学である。キエフ大学と学生交換協定を締結しており、昨今では、ウクライナやロシアから42人の留学生が学び、龍谷大の学生21人が両国に派遣されたという実績がある。
そこで学長が音頭をとって全学でウクライナ支援に取り組んでいる。
「龍谷大学及び学友会ならびに龍谷大学の校友会及び親和会の共催により、個人(教職員、学生、卒業生、保護者、一般)および団体(各教職員団体、各学生団体、各学部同窓会、関係法人)を対象に、ウクライナへの人道支援として募金活動を実施することといたしましたので、多くの皆様のご協力を心よりお願い申し上げます」(3月22日)。
大学が公式に戦争当事国を支援する、というケースは、日本国内ではここだけであろう。このような話を過去に聞いたことはない。宗教系の特質は活かされていると言っていい。
宗教系大学ではないところも学長声明を出している。
慶應義塾大、専修大、東洋大、明治大、早稲田大、京都産業大、京都精華大、日本福祉大、関西大、関西国際大などだ。
国立大学、公立大学は私立のようなメッセージ性の強い建学の精神、教育理念を打ち出していない。それでも北海道大、東北大、東京大、京都大、九州大、国際教養大、新潟県立大、京都市立芸術大などが学長声明で戦争反対を訴えている。
大阪市立大の学長は大学が大阪公立大に生まれ変わる直前の3月22日、こう発信した。
「ロシア軍によるウクライナへの軍事侵攻は、平和的手段を用いて国際紛争の解決をはかろうとする国際社会の根本原則をふみにじるものであり、武力による一方的な現状変更の試みは、断じて容認できません」。
そもそも、戦争に反対する学長声明は過去にあっただろうか。
戦後、朝鮮戦争、中東紛争、ベトナム戦争。フォークランド紛争、湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争などに対して、日本の大学学長が戦争反対を求める声明を出したことはあまり聞いたことがない。ベトナム戦争など大学史をたどれば学長が反対した声明が出てくるかもしれないが、その数はそう多くはないはずだ。
大学は政治的中立、どちらかといえば体制側に近いので、時の日本政府が支持する戦争(同盟国のアメリカが加担したベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争など)について、大学が公然と異を唱えるのは、難しかったのではないか。
今回、学長が声をあげたのは、日本政府がロシアのウクライナ侵攻を非難している、そしてインターネット普及による大学の公式ウェブサイトという媒体があったからである。だが、大学は政治的発言を避けたがる傾向にある。大学トップがこれほど発信するとは意外だった。
そういう意味では、これらの学長声明は画期的だった。東京大、京都大、早慶が声明を出したのだから、「わが大学も」というところもあっただろうが、大学は社会に向けてメッセージを送る、しかも、戦争反対を訴えるのは。良いことである。
一方で残念な大学もあった。
埼玉大はウクライナの大学(V. G. コロレンコ記念ポルタワ国立教育大)と協定を結んでおり、こう謳っている。
「オンライン学生セミナーを開催するなど、(略)具体的な交流が進んでいます。今回の学術交流協定締結を契機に、同大学との研究交流・学生交流が全学的にますます活発になることが期待されます」(21年6月)。
残念ながら、埼玉大の学長は何も発言していない。ウクライナの大学教職員、学生を案じる談話を発表してほしかった。
グローバル化を掲げているはずなのに、関心を示していないところもある。城西国際大、東京国際大、平成国際大、大阪国際大、広島国際大、九州国際大、宮崎国際などだ。
なんのために「国際」を大学名に冠しているのか。そして、どのような「国際」を教えようとするのか。大学が社会と世界と向き合っているとは、とても思えない。さびしい。
学長声明でも心に響く呼びかけ、印象に残らない訴えがある。
京都精華大、ウスビ・サコ学長のメッセージは胸を打つ。
「これ以上、世界の若者を失望させないでください。ロシアは無条件に戦争をやめるべきです。いかなる理由があっても、侵略行為によって、他人の自由と夢を奪う権利はありません」(3月9日)。
京都大の湊長博総長のことばからは、お役所的な対応と受け止めてしまう。
「現在のウクライナ情勢に関し、平和的な解決を強く望むとともに、本学の学術交流協定校を含む多くのウクライナの大学・学術機関の関係者に対して、学生の受入れ等最大限の便宜を図ります」(3月8日)。
戦争のような非常事態が起こったとき、学長が何を発信するのか。
その大学の品格、学長の知性が示されるといっていい。
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